テラーノベル
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「離してくださいますか? 私はジェイク様に貞操を誓っています。他の男性と、このように密着したくありませんわ」
「他の男性って⋯⋯。君はまだ僕の婚約者だ」
「私の父とライナス皇帝陛下の間でも話はついています。婚約は家同士の契約。アンドレア皇子殿下の感情は関係ありませんわ」
私の冷ややかな言葉に、アンドレアの拘束が緩む。
「貞操⋯⋯。君は怪しげな仮面舞踏会で純潔を⋯⋯」
言い淀むアンドレアの頬を私は思いっきり打った。
彼は驚いたように頬に手を抑えている。
「酷い! 不敬ですわ。何て事をするのですか? アンドレア皇子殿下に向かって!」
シエンナが不自然なくらい大騒ぎして、アンドレアに手を伸ばし聖女の力を使う。
白い光が彼を包み、頬の赤みが消えていった。
こんなにも簡単に聖女の力を使う癖に、彼女は一年後わざと病床のライナス皇帝に力を使わず死なせた。
そして、エスメ(ノエル)が彼女が力を使うのを妨害したと嘘を吐く。
アンドレアはシエンナを信じてエスメ(ノエル)を幽閉。
半年にも及ぶ裁判の後に死刑が確定しエスメ(ノエル)は一年の幽閉生活の末断罪された。
猫の私でさえ事の真相を理解していたのに、アンドレアはシエンナの言葉を信じた。
皇帝の逝去により皇位に就いた彼の言葉は絶対。
散々支援した私の父の抵抗も退け、アンドレアはエスメ(ノエル)を断罪する。
私はその繰り返す悲劇を三度も見せられていた。
「私が純潔かどうかなんて、ジェイク様が分かってくれれば良い事。浮気な元婚約者など噂に躍らせて、どうとでも思ってくださいな」
心臓に棘が刺さったような痛みを感じながら、私は口角をあげて笑顔を作る。
確かにエスメ(ノエル)は噂を消すのを怠った。
アンドレアはシエンナにエスメ(ノエル)の悪口を吹き込まれてたとはいえ、婚約者ではなく他の女を信じたのだ。
「ジェイクのような軽薄な男に君を渡したくはない」
もう一度私を強く抱きしめようとする彼の腕からすり抜ける。
「軽薄という言葉は、婚約者がいながら他の女性にドレスをプレゼントするような男性に使うのかと思ってました。婚約者がいる男性に擦り寄る聖女様とお似合いですわ」
冷ややかな言葉を浴びせると彼は目線を落とした。
「私は奔放な婚約者に悩まされているアンドレア皇子殿下をお慰めしただけですわ」
大きな声を出して抗議をするシエンナが煩わしい。
エスメ(ノエル)を陥れるような評判を立てた張本人の癖に呆れる。
エスメ(ノエル)は立ち回りが下手でしてやられたが、彼女程度の女が私に勝つのは難しいだろう。
私が片足を引きお辞儀をすると、私の足元を見つめていたアンドレアが顔を上げた。
「エスメ、すまなかった。君が性に奔放なんてデマだと本当は分かっていた。それなのに、なぜ少しでも疑ってしまったのか⋯⋯。君は男になんか興味ないって僕が一番知っているのにな」
アンドレアが自嘲気味に笑う。
「アンドレア皇子殿下、一つ間違ってますわ。私は殿下に興味がないだけです。野心家な男は好きですよ。次に何をするのか楽しませてくれますもの」
敢えて純粋培養のアンドレアと、公爵家に養子に出され皇位継承権を奪われたジェイクを比べる言い方をする。
私はジェイクではなく、彼の養父であるマヌエル公爵と婚約する予定だった。
でも、予定が狂ってジェイクが対抗馬として皇位継承権を取り戻しやって来る。
私をも利用しようとする野心に溢れる男にアンドレアが負ける可能性だってあるのだ。
(少し煽ってあげないと、駄々を捏ねていたら勝てなくなるわ)
ジェイク側についても、アンドレアが皇位を継げない未来がある心配をする私の心中は矛盾だらけだ。
アンドレアは生まれた時から今までずっと将来の皇帝になる未来に向けて研鑽してきた男。
よく言えばサラブレッドとだが、悪く言えば温室育ちのお坊っちゃまだ。
「僕と一緒の時間は退屈だったか?」
アンドレアの縋るような視線に少し戸惑った。
彼を籠絡するまでは楽しかったが、攻略してからは退屈だった。
猫時代、素の彼と一緒にいる時間はこの上なく幸せだった。
一人で悩みや苦しみを抱え、猫に相談するような彼を愛おしく思った。
「にゃあ」
ノエルが私の足元に頭突きをしてくる。猫語は分からないのに、「アンドレアを傷つけるな」と言っているのが分かる。
「退屈でしたわ。私は私を楽しませてくれる男に冠を被せたいと思ってますわ」
(痛っ!)
私が言った言葉が気に入らないノエルが、ドレスに潜り足を引っ掻いて来る。
その姿に寂しそうに彼が呟いた。
「ノエルも僕より、ジェイクを選ぶのか?」
ドレスからひょっこり顔を出したノエルが「にぃ」と小さく鳴く。
(自分はアンドレアの味方だって言ったのよね)
「そうかじゃあ仕方ないな」
私はアンドレアが全然ノエルの気持ちが分かってなくて驚いてしまった。
「では、アンドレ皇子殿下。これからは婚約者ではないので、私の事はエスメ嬢とお呼びください。呼び捨てにされてはジェイク様がヤキモチを妬くかもしれませんから」
実際、ジェイクはヤキモチを妬くような男かは分からない。
「エスメ、 僕はノエルは手放しても君は手放す気はない。僕が抵抗し続ければ婚約を破棄などできないはずだ」
ニヤリと笑ったアンドレアに初めてドキッとさせられた。
彼が父であるライナス皇帝の決定に背くとは思えないし、私との婚約に拘る意味も分からない。
「この帝国で一番権力を持っている方に逆らうのですか? ふふっ、私から婚約破棄を申し出られてムキになっているだけでしょ。子供みたいだわ」
「ムキにもなるさ。三年ぶりに僕の好きになったエスメと会話しているのだから。今日のドレスは君らしくて似合っている。純白のドレスに身を包んだ君が見れて嬉しいよ。まるでウェディングドレスみたいだ」
心臓が一瞬にして止まるような事を言うアンドレアをまじまじと見る。
目線を落としてノエルを見るが首を傾げている。
私たちが入れ替わってた事実を彼が知る訳がない。
ノエルは流行を少し遅れて追うようなダサい格好をしていた。
「な、何を言っているのですかアンドレア皇子殿下?」
彼の隣にいるシエンナも驚いたような顔をしていた。
「面白い事を言うのですね。では、私は本当にこれで失礼しますわ。そうそう、アンドレア皇子殿下の誕生日の舞踏会はジェイク様の出席する約束をしていますの」
「えっ!」
シエンナと連れ添う事の多かった最近も、公式行事は私と出席してきた彼。
当然、私と出席すると思っていたのだろう。
「私、行列に並ぶのが苦手なんです。当日ご挨拶できないかもしれませんので、先にお祝いさせてください。アンドレア皇子殿下、二十歳のお誕生日おめでとうございます」
優雅にお辞儀する私を呆然と見る彼を置いて、私は邸宅の中に戻った。
邸宅に戻ると使用人たちが慌ただしくしている。
クラリッサが私を見つけるなり、不安そうに近付いてくる。
「お姉様、実は⋯⋯」
私とクラリッサ、どちらが嫁いでも権威を得られるとノリノリだった父が顔面蒼白で階段から降りて来た。
「エスメ、私は今から領地に向かう。原因不明の病が流行しているらしく、領民たちが苦しんでいるのだ」
父の言葉に血の気が引く。
ライナス皇帝の命まで奪うこの病はオクレール侯爵家の領地より広まった。
領地で病が初めて発見されるのは、過去三回より半年早い。
「お父様、嫌です。原因が分からない病気を患ったらお父様もお母様のようにいなくなってしまうかもしれません」
クラリッサが涙を浮かべて訴える。過去三回の繰り返しでも、父は領地には赴かなかった。
私はチラリと足元のノエルを見た。
「ニャーン」
この足元の猫は三度父親の代わりに領地に赴いて対策をした。
しかし、健闘虚しく病魔はバルベ帝国中に広がり皇帝陛下まで命を落とす。
その上、この猫が講じた対策は最悪だった。
私はエスメ(ノエル)が自分も病に侵されながらも必死に戦ったと分かったが、結果が最悪だから誰にも認められない。
結局、シエンナに嵌められライナス皇帝を殺そうとした罪まで着せられた。
エスメ(ノエル)の対策は急場凌ぎな上に、恐ろしい結果をもたらした。
同じ経験をしながらも、何度も同じ失敗を繰り返すこの猫。
私はノエルの小さな頭のギュッと握る。
「グニャ、ニャ!」
「小さいわね。脳みそも、さぞや小さいでしょうに」
「お、お姉様?」
私の突然の行動にクラリッサが涙を止めて私を見ていた。
私はノエルが学ばないだけで時を繰り返した記憶がある気がして来ていた。なぜならば、彼女は時を繰り返すごとにアンドレアへの想いが強まっているような視線をしていたからだ。
(ただ、学習能力がないだけかもね)
「クラリッサ、ノエルをアンドレア皇子殿下に返しといてくれる? お父様、私が領地に赴きます。必ずや原因不明の感染症を鎮めてきますわ」
「嫌です! お姉様が病気になったらどうするのですか? 感染症の対策など領地の人間でどうにかすれば良いではないですか」
クラリッサが双眸に涙を溜めながら私を引き止める。
「クラリッサ・オクレール!」
フルネームで呼んだ私に彼女の背筋が伸びる。私はその素直な反応に口元が緩んだ。
「クラリッサ、すべては私の我儘よ。領民を守るのは領主の勤め。そして、私はお父様より絶対上手くやるわ。私を信じられない?」
私がチラリと見るとお父様は肩をすくめた。
私とクラリッサが嫁に出たらこの家は後継者がいなくなる。
きっと、お父様は遠戚から後継者を連れてくるつもりだけれど、この家を任せられるような優秀な人材はいない。
私の今の気持ちは皇后というものに興味がなくなってしまった。
全てが済んだら、オクレール侯爵を継ぐのも良い選択かもしれない。それはそれで裁量があり面白そうだ。
「し、信じますお姉様」
感情的なクラリッサが前は鬱陶しかったのに、今は愛おしい。
私は彼女をギュッと抱きしめた。
「クラリッサ、私の留守中のことは任せたわ。貴方は本当は私がいなくても何でもできるのよ。信じてるわ」
体がおかしくなったように震えが止まらない妹。
四歳で母を亡くしてから、彼女は私に依存してきた。
彼女は私がノエルだった三年間、さぞや辛かっただろう。
こんなに私を思ってくれる彼女が私の変化を受け入れられず、抵抗したのは安易に想像できた。
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