テラーノベル
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春の終わり、湿り気を帯びた空気が肺に重くのしかかる日の放課後だった。 僕は、廊下の隅で相談相手B子を呼び止めた。 5年生の時のように「次はどうすればいい?」と聞くためではなく、僕の中に残った最後の火を消したことを報告するために。
「……B子」
僕の声は、自分で思うよりもずっと掠れていた。 B子は、また何か伝言を頼まれるのではないかと身構えるような、硬い表情で僕を見た。
「もういいよ。僕、あの子(A子)のこと、もう好きになれないかもしれない」
その言葉を口にした瞬間、心臓の奥で何かがパリンと乾いた音を立てて割れた気がした。 あんなに毎日自分で考え、発作に苦しみながらも握りしめていた「好き」という気持ち。それを自分から手放すのは、敗北というよりも、長い遭難の果てに自ら救助を諦めるような、静かな絶望だった。
B子は目を見開いたまま、しばらく黙っていた。 面白がられているのか避けられているのか、その不透明な空気の中で、僕の「好き」という感情だけが唯一の確かな灯火だったはずなのに。
「……そっか」
B子の口から漏れたのは、同情でも励ましでもなく、ただの短い溜息だった。 彼女もまた、この重苦しい「相談相手」という役割から解放されたことに、密かに安堵したのかもしれない。
「好きになれない」という言葉は、嘘だったかもしれない。 本当は、嫌いになりたかった。嫌いになって、楽になりたかった。 でも、そうでも言わない限り、明日から学校へ来る理由が見つからなかった。
「じゃあ、もう、何も伝えなくていいから」
僕はそう言い残して、B子に背を向けた。 5年生の時に一緒に歩いた帰り道の景色が、一気に色褪せて、ただの古い写真のように記憶の奥へ追いやられていく。
僕はもう、A子を追わない。B子にも頼らない。 春の光が差し込む廊下で、僕は自分自身にそう言い聞かせ、たった一人の「本当の6年生」を歩き始めた。
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らむらむ