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第十章 白霧山の彼方へ
第十話 銀の瞳に映る月
しばらく黙って石碑の前に佇む五人。
山頂の冷たい風が、その体に強く吹き付けた。
「……っていうか」
シュンタが、ぶるっと肩を震わせた。
「そろそろ普通に寒ない?」
一瞬。
全員が沈黙する。
そして。
「……確かにな」
ダイチが苦笑した。
気付けば辺りはすっかり夜になっていた。
濃い藍色の空。
頭上には無数の星々が広がっている。
雲よりも遥か高い場所。
まるで空へ手が届きそうだった。
「今日はここで野営するか」
ハヤトが立ち上がる。
「山頂なら視界も開けている。
魔物が来てもすぐ分かるだろう」
「結界石もしっかり使わな……」
シュンタが真剣な顔で言う。
「もう嵐も霧も勘弁やで」
「それには同意する」
ジュウタロウも小さく頷いた。
一行は山頂の少し窪んだ場所を選び、野営の準備を始める。
荷を下ろし、馬を休ませ、結界石を配置する。
やがて魔石灯へ淡い光が灯る。
冷たい夜風の中にも、少しだけ安心できる空気が生まれていた。
-–
交代で夜番をしながら、白霧山の頂での夜は静かに更けていった。
さすがに全員ここまでの道のりで疲労が溜まっていたのだろう。
番が終わった者から、毛布へ包まるとすぐに眠りへ落ちていく。
風の音。
馬の静かな寝息。
ここは虫の声さえ聞こえない。
世界は、深い静寂に包まれていた。
その晩、ジントは夢を見た。
——また、あの夢だ。
黒髪黒眼の少女。
白い月明かりの中、静かに立っている。
その姿はどこか、自分と似ていた。
帝都で見た時。
少女は初めて顔を上げ、ジントに微笑んでくれた。
悲しそうで、どこか寂しそうな笑顔。
ジントは少女へ近付こうとする。
けれど、足が張り付いたように動かなかった。
「……っ」
必死に前へ進もうとしても、一歩も動けない。
少女は何も言わず、ただ静かにジントを見つめている。
「君は誰……?」
問い掛ける。
「どうして、ここにいるの?」
けれど少女は答えない。
ただ、少しだけ悲しそうに微笑んでいた。
ジントは必死に手を伸ばす。
届きそうで、届かない。
指先は、何も触れることができなかった。
「待っ——」
「……ジント」
遠くから、 声が聞こえる。
「ジント。交代の時間だ」
肩を軽く揺すられ、ジントはゆっくり目を開けた。
ぼやけた視界の中。
最初に見えたのは、月明かりに照らされた銀色の髪だった。
「……ジュウタロウ……?」
「すまない。ぐっすり眠っていたところを起こしたな」
落ち着いた声が、まだぼんやりする頭へ静かに響く。
「ううん……ありがと……」
ジントは身体を起こし、深く息を吐いた。
夢の余韻が、まだ胸の奥へ残っている。
振り払うように小さく頭を振った。
すると。
「大丈夫か?」
ジュウタロウが静かに聞く。
「少しうなされていたようだったが」
月明かりを映した銀の瞳。
その奥には、僅かな心配の色が浮かんでいた。
ジントは少しだけ目を伏せる。
そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
夢のこと。
黒髪の少女のこと。
何度も同じ夢を見ること。
帝都で初めて、少女が笑ったこと。
ジュウタロウは途中で口を挟まず、
ただ静かに聞いていた。
月明かりの下で見る横顔は、いつもより柔らかく穏やかに見える。
「……なんだか」
ジントがぽつりと呟く。
「すごく大切な何かを、忘れてる気がするんだ……」
夜風が静かに吹き抜ける。
少しの沈黙の後。
ジュウタロウは静かに口を開いた。
「それが、ジントにとって本当に大切で、必要なものなら——」
銀の瞳が真っ直ぐジントを見る。
「自ずと答えは見つかるんじゃないか?」
その言葉は、ざわついていたジントの心の奥へ静かに落ちていった。
不思議と胸の奥が少しだけ落ち着いた。
「……うん」
ジントは小さく笑う。
「ありがと」
「……ジュウタロウは優しいね」
そう言って、ふわりと目尻を下げる。
「…………」
ジュウタロウの言葉が止まった。
月明かりの下で笑うジントは、どこか儚くて。
触れれば消えてしまいそうなほど、静かで綺麗だった。
思わず視線を逸らす。
「……冷えるから」
少しだけ早口になる。
「ちゃんと毛布は被るんだぞ」
そう言ってジュウタロウは立ち上がった。
「交代、頼んだ」
「うん。おやすみ」
ジントが手を振る。
ジュウタロウは背を向けたまま、小さく手を上げて応えた。
そのまま寝床へ戻りながら、そっと胸元へ手を当てる。
「……何なんだ」
夜風に当たったせいか。
そう思いたかった。
ほんの少しだけ、体温が上がっている気がした。
コメント
3件
何度もコメントしてしまい申し訳ありません🙏 もしかしてもしかすると、少しだけYJ…??YJ要素もいれてくれてますか? comiさんのこのシリーズ、設定は勿論なんですが、ジントへの愛が伝わってきて、私の心臓が持つか心配になってきました。
みぅだよ🤍🥀 山頂の夜の静けさがすごく綺麗に描かれてて…特にジントが夢の話をジュウタロウに打ち明ける場面、じんわり来たなあ。ジュウタロウの「自ずと答えは見つかるんじゃないか?」って言葉、優しくて胸に残った。銀の瞳に映る月ってタイトルも、このシーンにぴったりだね🌙 続き、すごく気になるよ…!