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梅雨が明け、空はまぶしいほどの青を取り戻していた。
雨の匂いはすっかり薄れ、街路樹の葉の色だけが季節の名残を知らせている。
朔はいつもの時間、校門をくぐりながら周囲を見渡す。
あの頃のように、曇り空を気にする必要はもうない。
なのに、いつもの癖で空を確かめてしまう自分が可笑しい。
「待ってた」
振り向くと、晴弥がまっすぐこちらへ歩いてきていた。
影が地面にくっきりと落ちて、彼の無愛想な輪郭を際立たせる。
「今日、傘持ってきてない」
晴弥の言葉に、朔は思わず首をかしげる。
「そりゃ、晴れだし」
「ううん。晴れでも、曇りでも。もう、いらない」
晴弥は言葉を区切り、朔へ視線を重ねる。
その瞳に迷いはなく、少しだけ照れが混じっている。
「だって、繋ぎたい手があるから」
朔の胸が熱くなる。
夏の日差しよりずっと強い光が、身体の内側に差し込んでくる。
「……じゃあ、繋ご?」
朔が手を差し出すと、晴弥は一瞬だけ目を丸くして、
次の瞬間には無言でその手をしっかりと握った。
触れた指先は、雨の日よりもずっと温かい。
湿った空気に頼らなくても、二人の体温だけで充分だった。
校舎へ向かって歩きながら、ふと朔は思い出す。
雨宿りの屋上、駅のホーム、傘の下で震えた指。
いつだって雨は二人の距離を縮めてくれた。
「雨、好きだった?」
問いかけると、晴弥は少しだけ思案してから答えた。
「嫌いじゃなかった。
でも今は、晴れてる方が……お前の顔がよく見える」
ストレートな言葉に、朔はまともに顔を見られなくなる。
「そっか……なら、良かった」
耳まで赤くなっている自覚がある。
晴弥はそんな朔を横目でちらりと見て、小さく笑った。
「照れんな」
「照れるだろ普通……」
「じゃあ、ずっと照れてろ」
意地悪なようで、どこか甘い。
それが、晴弥の不器用な優しさだった。
昇降口の前に差し掛かる頃、周囲の視線に気づいた。
でも、誰も何も言わない。ただ、受け入れている。
春先には噂と囁きが刺さるようだった教室の空気。
今はその鋭さがなくなった。
「いいの?」
朔が囁くと、晴弥は少しだけ眉を寄せた。
「何が」
「皆の前で、こうしてるの」
その言葉に、晴弥はわざとらしく首を傾けた。
「誰かにやめろって言われたら、殴る」
「いや、暴力はだめ」
「じゃあ無視する。俺は俺の好きにする」
その“好き”の対象が自分であることに、朔の胸がまた熱を増す。
教室に入り、席に向かうときも手は離さない。
陽光が窓から差し込み、手の甲に白い光を落とす。
その光はまるで、小さな指輪のようだった。
約束の代わりに、太陽が二人を結ぶ。
「そういえば」
晴弥がぼそりと言う。
「何」
「朝の空、今日も晴れてた」
「うん。見てたよ」
「これからも、見てろよ。……俺の隣で」
言葉の最後、照れ隠しで早口になった。
朔は迷いなくうなずく。
「……うん。見てる」
ずっと見てきた。
これからも見続ける。
表情も、言葉にならない不器用な想いも——全部。
ホームルームが始まる直前、晴弥は小さく息をつき、
指先を絡め直した。
「もう、雨はいらない」
その言葉が静かに教室の明るさへ溶けていく。
雨がなくても、手を繋げる。
雨がなくても、隣にいられる。
雨がないからこそ、光の下で堂々と笑える。
窓の外。
真新しい季節の空。
街灯の代わりに、太陽が二人の指先を照らしていた。
晴れた空の下で、未来は手に触れる場所にある。