会食の後半では、陸と山瀬はビジネスに関する話で盛り上がっていた。
陸にとって、経営者として大先輩の山瀬の話はとても興味深い内容ばかりだった。
ただその会話に入って行けない里佳子にとっては手持ち無沙汰の時間となる。
その時間のほとんどを、里佳子は終始不機嫌な顔で過ごしていた。
会食が終わると、帰り際に里佳子が陸に連絡先を教えて欲しいと懇願する。
陸は里佳子の父の手前無下に断る訳にもいかず、名刺を差し出した。
名刺に載っているアドレスがパソコンのアドレスだと気づいた絵里奈は、メッセージアプリの宛先を教えて欲しいと陸に言っ
た。しかし陸はやんわりと断る。
陸がメッセージアプリでやり取りする相手は、家族とごく一部の親しい友人と決めていた。
それを伝えると、里佳子はあからさまにがっかりとした様子だった。
(気が強くてはっきり物を言うところは、誰かさんとそっくりだったな)
帰りのタクシーの中で、陸はそう思い思わず微笑む。
そして窓の外を見つめる。
夜の暗闇に流れていく街明かりの煌びやかさが目に眩しかった。
その眩しい光景を見つめながら、陸は華子の事をぼんやり考えていた。
陸は今日の夕方、華子がいるカフェへ電話を入れていた。
表向きは店長の中澤に用件を伝える為だったが、本当の目的は華子がちゃんと終業時刻まで働いたかどうかをチェックする為
だった。
そんな陸へ中澤は言った。
「彼女、真面目にちゃんと頑張っていましたよ」
それを聞いた陸はホッとしていた。
そして、ちゃんと一人でマンションへ帰れただろうか?
夕食はきちんと食べただろうか?
ついついそんな心配をしている。
それはまるで、家に置いて来た小さな子猫を心配する飼い主のようだった。
(確かにアイツは気まぐれだから子猫みたいだな…)
陸はそう思いながらフッと笑うと、夜の闇をじっと見つめ続けた。
やがてタクシーはマンションへ到着した。
陸はすぐに五階へ上がり鍵を開けて玄関へ入る。
玄関には華子のスニーカーがきちんと揃えて置いてあった。
(ちゃんと帰ってるな…)
とりあえずホッとすると、陸はリビングへ向かった。
ドアを開けるとリビングの電気は消えていた。
「さすがにもう寝てるか…」
陸はそう呟きながら、上着をダイニングチェアに掛ける。
そしてゆっくりとソファに近づいてから腰を下ろした。
その時ソファの上に何かがある事に気づいた。
ソファの上には、朝、陸が洗濯機へ入れたはずの洗濯物が綺麗に畳んで置かれていた。
(彼女が洗ってくれたのか?)
陸は驚いていた。
その洗濯物は、まるで店に並んでいる商品のように1ミリのずれもなく美しく畳まれている。
(凄いな…)
陸は感動のようなものすら覚える。
それから陸はキッチンへ移動した。
華子がちゃんと食事をしたかどうかをチェックする為だ。
キッチンは朝とほとんど変わっておらず、特に使われた形跡はない。
おそらく華子は外食をしたか、何かをテイクアウトしたのだろう。
そこで陸はゴミ箱を開けてみた。
すると中には、ベージュ色のフードボックスが捨ててあった。
(ちゃんと食べたようだな)
そこで陸は思い出す。
夕方家を出る時、シンクに洗っていないカップや皿を置いたままだった事を。
今シンクを見ると、それらは跡形もなく消えていた。
その代わりにシンク内がピカピカに磨かれていた。
おそらく食器も華子が片付けてくれたのだろう。
(アイツ意外と几帳面なんだな)
陸は顔を綻ばせながら上機嫌でバスルームへ向かった。
コメント
2件
華子さんもやれば出来る娘なのね、進歩してる陸さんも歓心してるわね
思いがけず子猫華子のデキる所を目の当たりにしてニヤける陸さん🤭💞 かわいいなぁ💕 里佳子のようにパパのお付きで仕事の話もできず男漁りに来てるようなのとは一線を画して欲しいね、華子🌹 それにしてもおばあちゃんに感謝だね🥲