テラーノベル
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非常ベルの音に押し出されるように、人が保管庫前へなだれ込んだ。宴会場の華やかさは一瞬で消え、そこにはむき出しの不安と好奇心だけが残っている。
扉は半開きになっていた。鍵穴の金具が歪み、書類棚は引き出しごと引き抜かれている。以前から所在が問題になっていた出納控えだけではない。保管されていた古い契約箱そのものが消えていた。
「契約箱がない……」
グラツィエラが青ざめ、ダービーが歯を食いしばる。ゲティは周囲を見渡しながら、誰も中へ入れないよう腕を広げた。
だが、その場の流れを最初に奪ったのはセルマだった。
「誰がこんなことを」
言いながら彼女の視線は、最初から答えを決めていたみたいにディアビレへ向く。
「舞踏会に出られたからって、何でも許されると思ったの?」
「私じゃありません」
「では、なぜあなたがこんな騒ぎの直前まで姿を消していたの」
実際には踊っていただけだ。皆が見ていた。けれどセルマの声音には、理屈より先に疑わせる力があった。ざわめきがまた広がる。
「嫉妬したのよ。ベジラの舞台を奪い、ついでに保管庫まで――」
「違います!」
ディアビレが声を強めたその時、床の隅で何かがきらりと光った。ラウールが拾い上げる。小さな真鍮の鍵だった。見覚えのある部屋番号札が付いている。
空気が凍る。
それは、ディアビレの部屋の鍵だった。
誰かが息をのむ。セルマは驚くふりだけを一拍置き、それから深くため息をついた。
「……やっぱり」
ディアビレは目の前が少し白くなった。自分の鍵が、どうしてここにあるのか分からない。分からないこと自体が、もう疑いの形をしてしまっていた。
#海辺の町