テラーノベル
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宙
147
空乃 美晴
215
宙
62
落ちた先は、床ではなかった。
シュエルの体は途中の金属梁へぶつかり、そのまま細い足場へ転がった。
「っ……」
どれほど意識を失っていたのか分からない。
目を開けると、右肩が強く痛んだ。
だが腕は動く。脚も折れてはいない。
周囲には、青白い光の筋が無数に走っていた。
巨大な円筒。
そこから枝分かれする黒い管。
壁一面を這う銀色の回路。
まるで城そのものの心臓だった。
中央の円筒が低く脈打つたび、押し花の月白草が強く光る。
「ここが原因……」
シュエルは立ち上がろうとして、上から声を聞いた。
「シュエル!」
顔を上げる。
崩れた穴の向こうから、サンタナが覗き込んでいた。
「動くな! 今、降りる!」
「待って、床が腐食しています!」
反射的に止めると、彼の足が止まった。
以前なら、そのまま飛び降りてきたかもしれない。
「どこなら安全だ?」
サンタナが聞く。
シュエルは周囲を見る。
金属梁の継ぎ目。
壁際には赤錆があるが、中央の縦梁だけは表面が乾いている。
「正面の太い梁。そこから左へ。水が触れていない部分だけ使ってください」
「分かった」
サンタナは持ってきた縄を固定し、シュエルの指示どおりの経路で降りてきた。
足場へ着くと、真っ先にシュエルの肩を見る。
「怪我は?」
「打ちました。でも動きます」
「帰れるか?」
シュエルは中央の円筒を見た。
「帰る前に、これだけ確認したいです」
サンタナは口を結んだ。
けれど、「駄目だ」とは言わなかった。
「何を見ればいい?」
その一言に、シュエルは彼を見る。
「……手伝ってくれるんですか?」
「お前が決めてここまで来た。なら、俺は無事に帰すために手伝う」
まだ不満は残っている顔だった。
それでも今は、彼女の判断を奪おうとしていない。
「ありがとうございます」
*
中枢区画の壁には、古い点検札が残っていた。
《庭園放流系》
《根系接続弁》
《余剰魔力排出》
「庭園へ魔力を流してた?」
サンタナが読む。
「たぶん逆です」
シュエルは管の先を追った。
「城で余った魔力を、そのまま捨てるんじゃなく、植物の根が張った土へ薄く逃がしていたんだと思います」
「植物に魔力を吸わせる?」
「吸わせるというより、広く分散させる。土と水と根があれば、一か所に溜まりません」
けれど、接続弁の多くは閉じていた。
古い札には、庭園縮小に伴う停止日が記されている。
八年前よりさらに前から、庭園は少しずつ削られていた。
そして最後の一列には、見覚えのある封印印。
「停止誓約と同じ時期……」
シュエルは息を呑む。
安全停止の約束が封じられたあと、残った根系への放流まで止められている。
「だから、逃げ場がなくなった」
中央の円筒が大きく脈打った。
床下から、何かを吸い上げるような音がする。
シュエルは月白草の押し花を管へ近づけた。
銀色の光が、城側ではなく庭園側へ伸びようとして震える。
「魔力が外へ流れないから、逆に根から生命力を引いてるんです」
「それで植物が根から黒くなった」
「はい」
城へ来た日から追い続けていた異変の答えが、ようやく形になった。
シュエルは閉じた接続弁を調べる。
「一つだけ、まだ動きそう」
「開けるのか?」
「全部じゃありません。ここだけ開けば、反応を確かめられます」
「俺は何をすればいい?」
「弁の横の固定具を押さえてください。腐食しているから、私だけだと外れるかもしれません」
「了解」
サンタナが位置につく。
「三つ数えます。一、二、三!」
二人で力をかけた。
硬い弁が、わずかに回る。
青白い光が管の中を走った。
同時に、中央の脈動が少し弱くなる。
「下がった」
「やっぱりです。根をつなぎ直せば、一時的にでも暴走を抑えられる」
シュエルの声が弾む。
だが次の瞬間だった。
ぱきん。
乾いた音が、中枢の上部から響いた。
二人が見上げる。
円筒を囲む棚に、無数の硝子板が収められていた。
「記憶硝子……?」
棚の脇には、古い説明板が残っていた。
《守護者提供記憶・増幅槽》
《強い感情を含む提供記憶の魔力を増幅し、城壁結界へ供給》
ここにあるのは、八年前に関係者から移して封じた記憶だけではない。
歴代の守護者が自ら提供した記憶も、城を動かすために使われていたのだ。
一枚に亀裂が入る。
続いて二枚。
三枚。
「離れろ!」
サンタナがシュエルを引く。
硝子が次々に砕け、銀色の光が煙のように回路へ吸い込まれていく。
中央の円筒が激しく脈打った。
「根系へ流したせい?」
「違う」
シュエルは点検札を見る。
弁を開いた値は正常範囲だ。
「中枢そのものが限界なんです!」
回路を走る光が、一斉に上へ向かった。
城内へ。
*
二人が旧水路へ戻ったころ、入口にはレーネと警備兵が待っていた。
「シュエル!」
レーネが駆け寄る。
「予定時刻を過ぎたからサンタナに地図を渡したの。怪我は?」
「肩だけです。それより中枢が――」
「中枢?」
レーネが眉を寄せる。
「何の話?」
シュエルは言葉を失った。
「さっき、私が地下へ行く経路図を渡しましたよね」
「……経路図?」
レーネは手元を見た。
そこには、自分の筆跡で書かれた地図と帰還予定時刻がある。
なのに、本人が戸惑っている。
隣の警備兵が口を開いた。
「ところでサンタナさん、どうしてここに?」
「お前、俺が十五分前に救助へ入るって言っただろ」
「え?」
兵士は本気で分からない顔をした。
「俺、今日あなたと話しましたか?」
シュエルとサンタナは顔を見合わせた。
中枢で砕けた記憶硝子。
城内へ流れた銀色の光。
サンタナが低く言う。
「記憶まで吸い始めたのか」
そのとき、城の上階から悲鳴が上がった。
「誰か来て! 朝からのことが思い出せない!」
別の場所でも同じ声が続く。
鋼の城は、植物だけではなく、人の直近の記憶まで奪い始めていた。
コメント
1件
うわあ、ここで来たか……! 城の「心臓」に辿り着いて、異変の仕組みがようやく見えた瞬間のゾクゾク感がすごかったです。特に「庭園へ魔力を流してたんじゃなくて逆」っていうシュエルの推察、世界の設計がちゃんと裏付けられていく感じがして好きだなあ。そしてサンタナが「無事に帰すために手伝う」と判断を奪わずに動くようになったのも、二人の距離が確実に変わってる証拠で……。でも最後の記憶が奪われる展開、怖すぎます。これは続きが気になりすぎる!