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「とりあえず、ここまでは予想通りね」と、百合さんが言った。
二か月前同様、私と百合さん、侑の三人は極秘戦略課のオフィスで取締役会の様子を聞いていた。
「次は三か月後か」と、侑。
「相変わらず、いいとこでビシッと決めてくれたわね、三男。あれは咲の入れ知恵?」
「まさか」
「自分でも気がついてないけど、実は結構な野心家なんだよな、蒼」
蒼が、覚悟を決めた。
取締役会であれだけの発言をしたのだから、蒼は会長の後継者として名乗りを挙げるだろう。
そして、私の正体を知ることになる……。
「さて、ここから三か月、私たちはどう動く?」
「宮内の動き次第じゃないのか? 父親の後釜として取締役を狙ってくるなら、阻止する材料を集めなきゃならないだろ」
「宮内の狙いって……なんだと思う?」
私の呟きに、百合さんと侑が私を見た。
「狙いって……。T&Nの乗っ取りじゃないの?」
「1、T&Nの乗っ取り。2、T&Nの崩壊。3、成瀬咲」
「何だ? それ」
「宮内が言ったの。目的はその中にあるって」
二人は目を丸くして、それから顔を見合わせてため息をついた。
息ぴったり……。
私は場違いなことを思った。
「宮内には接触するなって言ってあっただろ!」と、侑が苛立ちを見せた。
私が宮内に誘われたことを充さんが蒼に話し、蒼が真と侑に話し、侑が百合さんに話した。お陰で、五人から宮内に近づくなと散々くぎを刺されていたのだ。
「偶然よ、偶然! 秘書室で二人になったから、ちょっと質問してみただけで……」
「ちょっと質問って……『あなたの目的はなんですか?』って?」と、百合さんも呆れ顔で言った。
「まぁ……、そんな感じ……?」
「マジかよ……。他には? 宮内に何かされなかったろうな?」
「すぐに人が来たし、ホントにそれだけ!」
私って実は信用ないのかなぁ……。
「ったく……。で? 宮内の目的はその中のどれかだって言ったの?」
「そう」
「1と2はわかるけど、3はなんだよ」と言って、侑が席を立った。
バリスタの前に立つ。
「狙いが咲?」と言って、百合さんも立ち上がった。
侑がボタンを押すと、コーヒーの香りが漂った。
「からかわれただけかもしれないけど……」
コーヒーが注がれたカップを、百合さんが私に手渡した。「ありがとう」と言って、私は受け取った。侑が二杯目のボタンを押す。
「T&Nの乗っ取りってのが無難なとこだけど、T&Nの崩壊ってのも捨て難いわよね」
「百合、表現がおかしくないか?」
侑が二杯目を百合さんに渡し、百合さんが席に戻る。
「ちょっと、整理してみよう」
私はコーヒーを一口飲んで、デスクに置いた。
「まず、事実確認。宮内が三年前にT&Nのネットワークに侵入したのは、敵対企業からの依頼だった。この件は片付いている。けど、宮内を警察に突き出すだけの確証が掴めずに、宮内は三年間行方をくらましていた。ところが、実は内藤広正の第二秘書としてT&N観光に潜り込んでいた」
侑もカップを持って席に戻った。
「経緯は不明だけど、宮内は川原や清水の犯罪に気付き、川原に接触した。言葉巧みに川原を自分の思い通りに誘導し、事件に気がついた和泉さんが調査に乗り出すことを踏まえて、充さんが和泉さんに疑いを持つように仕向けた。百合さんが和泉さんの協力者であることを証明するために、T&Nのシステムに侵入。和泉さんが謹慎になると、川原を充さんの手から逃がして匿った」
百合さんと侑が、頷く。
「ここからは憶測。川原に逃げられた充さんが足止めされている間に、T&Nフィナンシャルと城井坂マネジメントの業務提携と、蒼と城井坂麗花のお見合いを持ち掛ける。城井坂麗花は内藤社長と城井坂社長が結託してT&Nを乗っ取るつもりだと蒼に話していた。これは先週のパーティーで白紙撤回されたわけだけど、このすべてが宮内自身の策略なのか、内藤社長の目的のために宮内が動いていたのかは不明……」
「まず、宮内の目的がT&Nの乗っ取りだとしましょう」と、百合さんが言葉を継いだ。
「父親が観光の社長であっても戸籍上は他人なのだから、社長秘書の立場でしか動けないわ。どんなに優秀でも、社長秘書が取締役会に食い込んでいけるわけがない。となると、現在のT&Nの同族経営の体制を変える必要がある。そのために城井坂を利用した?」
「んーーー……」と、侑が唸った。
「回りくどすぎだろ。十年計画にしても、成功率はかなり低いぞ」
「同感よ。では、宮内の目的がT&Nの崩壊だとしましょう。グループ内のスキャンダルを利用して、城井坂マネジメントにT&Nを乗っ取らせる。事実上、T&Nの崩壊になるわ」
「崩壊だけが目的なら、今回の事件をマスコミにリークすればいいんじゃないか? 倒産とまではいかなくても、経営陣の一新には持ち込めるだろ」
「それも……そうか」
百合さんと侑は黙り込んでしまった。
「……咲? 黙ってるけど、お前はどう思う?」と、侑が私に聞いた。
「うん……」
二人の話を聞きながら、私はずっと感じていた違和感をどう表現するべきか考えていた。
「あくまでも私の勘なんだけど……」
「ん?」と、侑。
「宮内に目的なんてないんじゃないかな? 正確には、三つとも目的であり、三つとも目的ではない……みたいな?」
「なんだ、それ」
「んーーー……。宮内がT&Nをどうこうしようと思ったら、他にもっとやりようがあるじゃない。社内の極秘情報を流出させるとか、敵対企業に売るとか、スキャンダルをマスコミにリークするとか。少なからずT&Nの信用を落として、業績を悪化させることは出来る。三年前のことにしても、もっと情報を引き出せたろうに、必要な情報しか盗まなかった」
「そう言われればそうだけど……」
「城井坂マネジメントについても、宮内が内藤社長を利用したとは思えないし、実際にその件について宮内が関与していた事実は掴めていない」
「そりゃ……、確かに……」
私の言葉に、百合さんと侑も考え込んでしまった。
「でも、宮内が無関係とも思えないわよね? 少なくとも内藤社長がしようとしていたことは、知っていたはずでしょう」
「うん……。知っていたとは思う」
「ああーーー! まどろっこしいな! 宮内は何がしたいんだよ」と、侑がしびれを切らした。
「そもそも、宮内が黒幕だと疑ったのは、和泉さんと百合さんの情報をクラッキングしたからよね? それも、わざわざわかりやすい足跡を残して。だから、私たちは宮内と内藤社長の関係を知ることになった」
「宮内の足跡を見つけたのは私たちが優秀だからでしょう? それも策略だったと考えるのはこじつけじゃない?」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。宮内のしてることって、どれもそんなレベルじゃない? 川原が自分の口車に乗るかもしれないし、乗らないかもしれない。内藤社長が自分の意見を聞くかもしれないし、聞かないかもしれない。私たちが宮内に辿り着くかもしれないし、着かないかもしれない。 宮内は周囲で起きていることに、自分の言葉がどれだけ影響を与えるのか……、ゲームでもしている感覚なんじゃないかな」
自分でも、滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。けれど、一番しっくりくる言葉が他に見つからなかった。
「ゲーム?」
「そう。退屈しのぎに悪趣味なゲームをしているだけなのよ——」