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「はあーー?!泊まらずに帰って来た?!」


翌朝、これからホテルに迎えに行くと電話をしてきた住谷に、文哉は夕べのうちにタクシーで帰宅したことを告げる。


「それって、真里亜ちゃんもってことか?」


「当たり前だ。彼女のマンションまで送って行った」


「それで?何かしたのか?」


「する訳ないだろう」


しそうになったが、なんとか己を止められた自分を褒めて欲しい。


だが予想外に住谷は、バカ!と叫んできた。


「お前なあ…。いくら奥手でもこれだけセッティングしてやったらいけるだろうと思って、俺がアレコレしてやったのに。それでも何もしないとか、お前は本当に大人の男なのか?あー、情けない。ここぞという時に決められないヤツが自分のボスだなんて。大丈夫か?この会社は」


「な、何だよ?!何の話だよ。決めるってどういうことだ?仕事に関係ないだろ?」


「あー、こんなピヨピヨのひよこちゃんとは、もうまともに話が出来ない。ホテルの宿泊代とルームサービス代、俺に請求来るようにしておいたけど、やっぱりお前に回す。それから、しばらく副社長室にはいかない。秘書なしでがんばってくれ。じゃあな」


プツリと切れた通話に、文哉は呆然とする。


「な、な、何なんだよー!!」


そして言葉通り、住谷は月曜日になっても副社長室に姿を現さなかった。




「なあ、阿部 真里亜」


「ん、なあに?」


月曜日。

いつものように人事部で仕事をしていると、向かいのデスクから藤田が声をかけてきた。


「その仕事、おもしろいか?」


は?と、真里亜は目を丸くして顔を上げる。


「どうしたの?急に」


「いや、だってさ。なんか淡々とこなしてるから」


「それはだって、仕事だもん。え?仕事って淡々とこなすものじゃないの?」


「んー、そうなんだけど。なんて言うか、お前らしくない」


真里亜はますます眉根を寄せる。


「私らしくない?え、仕事するのに私らしいとかあるの?」


「お前、こっちに戻って来てしばらくは、秘書課の仕事やってただろ?」


「ああ、うん」


キュリアスの仕事に必死で取り組んでいたことを思い出す。


「休憩時間も削って、一人で残業もしてさ。最初のうちはただ、大変そうだなーと思って見てた。でも今思えば、めちゃくちゃかっこ良かったぞ、お前」


「え…?」


思わぬ言葉に真里亜は首を傾げた。


「ものすごく真剣にテキパキこなしてて、生き生きしてた。仕事が出来る人間って、こういう覇気のある人を言うんだろうなって、なんだか羨ましくなった。俺さ、お前と一緒に新卒で人事部に配属されたけど、本当はシステムエンジニアとして入りたかったんだ」


「そうなの?!」


初めて聞く話に、真里亜は驚きを隠せない。


「ああ。業界トップのAMAGIにシステムエンジニアとして採用されれば、俺の夢が叶うって思ってた。でも、結果は不採用だった。その時連絡をくれた人事部長に、どの部署でもいいからAMAGIに入りたい!って伝えたら、一般職の枠でなら採用するって言ってもらえて、入ることにしたんだ」


「そうだったんだ、知らなかった。じゃあ、システムエンジニアの夢は?」


「んー、本音を言うとまだ諦め切れてない。転職も考えたことあるし」


「ええ?!嘘でしょ?」


「本当。他社からヘッドハンティングの声がかかったんだ。システムエンジニアとしてな。でも行かなかった。たとえ人事部の仕事でも、俺にとってAMAGIは魅力的な会社なんだ。どうしても離れる気にはなれなかった」


「藤田くん…」


思いもよらなかった話に、真里亜は何も言葉が出てこなかった。


「だからさ、あの時のお前を見て、いいなーって思った。やりたい仕事に携わってるんだなって。お前、今はなんか半分魂抜けた状態でやってるだろ?」


「そ、そんなことないよ!ちゃんと仕事してるよ?」


「そうだけどさ。心ここにあらずって感じ。なあ、阿部 真里亜。俺さ、もう一度システムエンジニアの道、目指してみる」


えっ?!と、真里亜は驚いて目を見開く。

「他社に行くってこと?」


「いや、違う。AMAGIのシステムエンジニアを目指す。AMAGIでなければ、システムエンジニアになる意味がない。俺にとってはな。だから、社内テストみたいなのを受けさせてもらえるように、色んな所に掛け合ってみるよ。どんな方法でも片っ端から当たってみる。そして必ずここで、システムエンジニアになってみせる」


なんてかっこいいのだろう。


夢の為に決意を固めた藤田は、真里亜の目に眩しく映る。


「すごい。すごいね、藤田くん。応援する!必ずなれるよ。がんばってね!」


「ああ。だからお前も、自分の一番やりたいことをやれ。自分らしく輝ける仕事をな。そしていつか、一緒に同じチームで仕事しよう」


「私の一番やりたいこと…」


真里亜の心の中に、夏の出来事が色鮮やかに蘇る。


皆で力を合わせて取り組んでいた、キュリアスのチームでの仕事。


「藤田くん、ありがとう!私ももう一度、あの場所に戻るね」


「ああ」


二人は笑顔で頷き合った。




「ああ、もう、疲れた…」


午前の会議を終えて副社長室に戻った文哉は、ぐったりとデスクに顔を突っ伏す。


住谷がいない為、朝から自分で予定を確認し、時間を気にしながら遅刻せずに会議室に行ったまでは良かったが、必要な資料が手元になく話についていけなかった。


話を聞きながらパソコンで資料を探し、ようやく開いたところでまた議題が変わる。


必死で格闘していると、ふと正面の壁に立っている住谷の視線を感じた。


住谷は文哉にニヤリと笑ってみせたあと、素知らぬフリをしてまたタブレットに視線を落とす。


(あいつめーー!!)


頭が沸騰しそうになりながら、なんとか会議を終えて戻って来たが、すぐに受付から内線電話がかかって来る。


「お客様がエントランスにお見えです」


「ああ、今行く」


アポの時間だったのを思い出し、文哉はエレベーターで1階まで下りた。


挨拶を交わして副社長室に案内しようとしてから、ふと、お茶の準備が出来ないことを思い出す。


仕方なく、アトリウムラウンジで話をすることにした。


たまたま誰もいなかった為、そのまま入り口を閉じて誰にも話を聞かれないようにする。


無事に話を終えてお客様をエントランスまで見送ると、副社長室には大量のFAXが届いていた。


「何なんだよ!このご時世にFAXなんて!」


1枚1枚に目を通していると、今度はオンラインミーティングが始まる時間に気づく。


「ヤバッ!」

慌ててパソコンの前に座り、オンラインに繋いで涼しい顔で会議を始めた。


(喉が、カラカラだ…。腹もペコペコ…)


もはやミーティングの内容も頭に入ってこない。


もちろん資料も手元には準備出来なかった。


(あと30分。これが終わったら、とにかくコンビニで何か買って来よう)


授業に身が入らない小学生のように、文哉はソワソワと時計を見ながら考える。


「お、終わった。水、水をくれー」


バタッとデスクに顔を伏せ、誰にともなく呟く。


なんとか気力を振り絞り、飲み物を買いに行こうと立ち上がった時だった。


デスクの上の電話がプルッと鳴る。


「あー、もう、誰だよ!」


無視したくなるが、勢いで受話器を上げた。


「もしもしっ!?」


「お疲れ様です。人事部の阿部です」


「えっ!あ、うん」


途端に文哉はプシューと頭から蒸気が抜ける。


「先日の件でお返事をさせていただきたく、お電話を差し上げました。今、少しお時間よろしいでしょうか?」


「あ、ああ、もちろん」


文哉は席に座り直して姿勢を正した。


「あれから色々と考えました。私に本当に副社長秘書が務まるかどうかということも気がかりでしたし…」


「それは!もちろん、大丈夫だ。俺がお願いしたのだから」


「はい、ありがとうございます。そして私のやりたいことについても考えました。キュリアスのお仕事に携わっていた時のことも思い出して…」


文哉はゴクリと唾を飲み込む。


「それは、やはり…。大変だったからもうコリゴリだと?」


「おっしゃる通り、大変でした」


そうか…と、文哉は肩を落とす。


「ですが、とてもやり甲斐があり、やり遂げた時の達成感は格別でした。チームの皆さんと力を合わせて、皆で心を一つにしてがんばったあのお仕事は、私の大切な財産です。チームに入れてくださった副社長に、感謝の気持ちでいっぱいです」


「いや、そんなことは…。こちらこそ大いに助けてもらった」


「今、改めて思い返して気づきました。私は副社長室でのお仕事が好きです。誰よりも近い場所で、副社長のサポートをしていきたいです。これからも、ずっと」


「えっ…」


不覚にも、文哉の目に涙が込み上げてくる。


「じ、じゃあ、戻って来てくれるのか?」


「はい。微力ながら、精一杯努めさせていただきたいと思います」


「そうか。ありがとう!本当にありがとう…」


電話で良かった、と文哉は思う。


今、必死で涙を堪えていることも、嬉しさの余り手がかすかに震えていることも、真里亜に気づかれずに済むから。


「こちらこそ、お声掛けいただきありがとうございました。よろしくお願いいたします」


それで、いつからそちらに異動になるでしょうか?と尋ねる真里亜に、文哉は考えるよりも先に、今すぐ!と答えていた。




「何だか末娘を嫁に出す気分だなあ」


デスクの私物をまとめている真里亜に、部長が感慨深げに声をかけてくる。


「本当ですよね。まさか、真里亜に先を越されるとは…」


「まだまだお子様だと思ってたのに。いつの間にかこんなに大人に…」


先輩達の言葉を、真里亜は慌てて否定する。


「あの、別に私、嫁になんて行きませんよ?」


すると藤田も声をかけてきた。


「ちゃんと夫婦別姓にしてもらえよ?まあ、天城 真里亜もそれはそれでいいけどな」


「確かにね。天の城のマリア、なかなかいいわね」


うんうんと頷いている皆に、真里亜はまた声を上げる。


「ですから、違いますって!副社長は、どこかのご立派なご令嬢と結婚されるに決まってるじゃないですか。AMAGIの次期社長なんですからね。私はお二人が上手くいくように、お相手の方と副社長を見守っていきます」


紙袋にデスクの中の物を移しながら、真里亜は真面目に語る。


「やだー、真里亜。なんか、ばあやみたいね」


「ホント!もしくは仲人さん?」


先輩達はクスクスと笑ってから、真顔に戻った。


「とにかく!真里亜、あっちでも元気でね」


「いつでも顔出しに来てね」


「先輩…」


真里亜は目が潤んでしまう。


「そうだぞ。いつまでも皆で末っ子アベ・マリアを見守っているからな」


「部長…」


最後に藤田が、真里亜の肩をポンと叩いた。


「がんばれよ!俺も必ずあとから行く。待っててくれ」


「うん!いつか絶対一緒に仕事しようね」


「ああ、約束する」


たくさんの笑顔に見送られ、真里亜は感激で胸をいっぱいにさせながら人事部をあとにした。




「それでは、本日のご予定をお伝えいたします」


正式に副社長秘書となってから1週間が経った。


今朝も真里亜は、タブレットを見ながら文哉に予定を伝えることから業務を開始する。


「…本日のご予定は以上です」


「分かった。ありがとう」


真里亜はお辞儀をしてから給湯室に向かい、ドリップコーヒーを濃いめに淹れて文哉のデスクに置く。


「どうぞ」


「ありがとう」


すると、真里亜のデスクの内線電話が鳴った。


「はい、副社長室です」


「代表電話に、キュリアス ジャパンの社長秘書の方からお電話が入っております。お繋ぎしてもよろしいでしょうか?」


(キュリアスの社長秘書?もしかして!セキュリティシステムに不具合でも…)


内心青ざめながら「はい、繋いでください」と答える。


「もしもし、お世話になっております。キュリアス ジャパン 社長秘書の川上と申します」


「こちらこそ、大変お世話になっております。AMAGIコーポレーション 副社長秘書の阿部と申します」


電話ではあるが、真里亜は丁寧にお辞儀をしながら返事をした。


「突然お電話を差し上げて申し訳ありません。実は弊社の社長が、天城副社長と阿部様にお会いしたいと申しております。恐れ入りますが、ご都合をお聞かせいただけませんか?」


「かしこまりました。すぐに確認いたします。あの…、その前に。もしや弊社のセキュリティシステムに何か不具合でも生じたのでしょうか?」


「あ、いえいえ!そのようなことはございません。社長がお二人をお食事にお招きしたいと申しております。そこで、今後のお話もさせていただければと」


(今後の…?それは、つまりどういった?)


とは思うものの、これ以上この電話で秘書同士で話すべき内容ではないと思い、真里亜は、少々お待ちいただけますか?と保留音を流した。


「副社長。キュリアス ジャパンの社長秘書の方からお電話です。キュリアスの社長が、副社長をお食事に招いて、今後のお話もさせてもらいたい、とのことだそうです。ご都合は?と聞かれました」


「キュリアスの社長が?話って、もしやうちのシステムに何かあったのか?」


「いえ、そうではないようです」


「そうか。何だろうな…。とにかくこちらの都合はいつでも大丈夫だと伝えてくれ。優先してリスケ頼む」


「かしこまりました」


真里亜は保留音を止めてその旨を伝える。


すると今夜にでも、と言われ、驚きつつも文哉は頷いてみせた。




「やあ!これはこれは天城副社長。またお会い出来て嬉しいよ」


「社長。こちらこそ、またお目にかかれて光栄です。今夜はお招きいただき、ありがとうございます」


文哉の一歩後ろで、真里亜も深々と頭を下げる。


「アベ・マリアも、元気そうだね」


「はい、お陰様で。お気遣いありがとうございます」


声をかけられ、真里亜もにこやかに答えた。


招かれたのは、都内の高級ホテル最上階のフレンチレストラン。


文哉も真里亜も、いつものブティックで支度を整えてからホテルに向かった。


この時ばかりは何も言わずとも、住谷が送迎を買って出てくれた。


ワインで乾杯し、少し雑談したあと、おもむろに社長は切り出した。


「実はね、今日わざわざお呼び立てしたのは他でもない。アメリカの本社、キュリアス USAのCEOから連絡が来たんだ」


は…?と、文哉も真里亜も思わず手を止めて顔を上げる。


「キュリアスの、本社から、ですか?」


「そう。何でも、キュリアス ジャパンの新社屋に関して本社で報告された時に、CEOがAMAGIコーポレーションに興味を示したらしいんだよ。あの世界中を怯えさせていたハッカーを捕まえたのか?ってね」


「いえ、あの。捕まえたというより、正しくは侵入されたのですが…」


文哉が申し訳なさそうに言う。


「もちろん、そのこともご存知だ。だが結局は犯人逮捕に繋がっただろう?それで是非今後、AMAGIコーポレーションとキュリアスUSAが手を組んで、ハッカーに対するセキュリティシステムを新たに開発したいというんだ。ハッカーは国境など関係なく、どんな国の企業をも狙ってくる。特に日本のハッカーは能力が高い。ハッカーだけでなく、政府関係のスパイに探りを入れられている可能性もある。全ての国のハッカーやスパイから情報を守る為、各国の主要な企業とチームを組むことになった。そして日本からはAMAGIコーポレーションを招きたい、との話らしい」


「は、はあ…」


話の規模の大きさに、文哉も真里亜もポカーンとしてしまう。


「どうだい?一度話だけでも聞きに行ってくれないかな?ワシの顔を立てると思って。お願いするよ」


「そ、それはもちろん!社長のお役に立てるのなら、どんなことでもいたします」


「そうか!ありがとう。じゃあ早速、話を進めておくよ。また改めて連絡する。あ、パスポートだけは用意しておいてくれ」


アベ・マリアもな、と付け加えると、社長は満足そうに料理を食べ始める。


(パスポート…話を聞きに…。パスポート?)


真里亜の頭の中には、その言葉がグルグルと回り続けていた。


真里亜の頭の中の疑問がはっきりしたのは、それから3日後のことだった。


「キュリアス USAの本社ビルで12月20日にミーティングが行われます。CEOも顔を出すとのことですので、その日にAMAGIさんも参加していただきたいのですが、ご都合いかがでしょう?」


またしても社長秘書から電話を受け、真里亜は半分頭が働かない状態で文哉に尋ねる。


「分かった、伺うよ」


「かしこまりました」


それを伝えると、先方の秘書は良かった!と声を弾ませ、早速詳細をメールで送ると言って電話を切った。


そしてすぐさまメールで日程表が送られてきた。


12月19日に日本を出発し、20日に本社でミーティング。


21日は社内を案内し、22日は観光にお連れする、とあった。


飛行機の帰りの便は23日を予約したが、もしそのままクリスマスホリデイを向こうで楽しみたいのなら、別の日に変更も可能だと書かれている。


(いやいやいやいや。ちょっと待って。何がなんだか…)


真里亜は文哉と二人でソファに座り、しばし無言でメールを見つめる。


「ふ、副社長」


「なんだ?」


「これは、副社長と私が12月にアメリカに行くことになってますね?」


「そうだな」


「キュリアス USAのCEOにお会いすることになってますが」


「そうらしいな」


どこか他人事のように、二人でボーッと日程表を眺める。


「リスケ、大丈夫そうか?」


「はい、それは何とか」


「お前の都合は?」


「私ですか?何も予定はないので大丈夫です」


「そうか。じゃあ、行くか」


「はい、そうですね」


そんな感じで、どこか現実味がないまま、二人は12月19日にアメリカへと飛び立った。

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