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暗い部屋に、雨の音がかすかに混ざっていた。時計の針が小さな音を刻むたび、遥は布団の上で身を強張らせていた。


蓮司はそのすぐ隣にいた。

背後から、体温を当てるように、呼吸を合わせるように──ぴったりと寄り添って。


「……怖い?」


耳元で囁かれた声に、遥は返事をしなかった。

できなかった。

喉の奥がひりついて、何かを吐き出すよりも先に、心が沈んでいくようだった。


「大丈夫。何もしないよ、今日は──たぶん」


そう言って、蓮司は遥の首筋に唇を落とした。


“しない”と言ったすぐあとでの接触。

それが蓮司らしかった。


乾いた唇が、肌をなぞるたび、遥は全身を硬直させた。

逃げたかった。

でも、逃げなかった。いや、逃げられなかった。


(……気持ち悪い)


(自分が)


(なんで反応してんの)


蓮司の手が、Tシャツの裾から中へと差し込まれてくる。

腹部を軽くなで、胸骨を探り、肋の隙間をなぞるように。


優しさとは違う。

これは“知っている”触れ方だった。


蓮司は、遥の震えを楽しんでいた。

肌の温度変化、呼吸の乱れ、喉の音、すべてを──観察している。


「こういうとこ、ほんと……綺麗だよね」


蓮司の手が、遥の胸を押さえる。

力は弱いのに、心臓が止まりそうなほどに痛い。


「なあ、遥。おまえってさ、優しさが怖いんだろ?」


「だから、俺を選んだんじゃないの?」


遥の唇がわずかに開いた。


違う、と言いたかった。

でも、その言葉がどうしても喉を通らなかった。


(本当に違うのか)


(オレは──こいつになら、壊されてもいいって)


(……思ったんじゃないのか)


蓮司の手が、下腹部に触れかけたとき、遥はとうとう声を上げた。


「や、……やめ、ろ……っ」


けれど、それは拒絶というよりも、懇願だった。


蓮司は止まった。

そして、ゆっくりと遥の耳元で笑った。


「……やめてほしいんだ?」


「じゃあ、なんで震えてんの?」


その言葉で、遥の目から涙がこぼれた。


情けなさだった。

恥だった。

自分の身体が、拒絶と反応を同時に示してしまうことへの、どうしようもない嫌悪。


(こんなの、ちがう──)


(オレは……こんなふうに、生きたくなんてなかった)


けれど、蓮司の手はもう動いていなかった。


背中からそっと抱き込むように、静かに、静かに──その腕が回された。


「泣くんだ、ちゃんと」


「偉いね。……ほんと、壊れそうで、いい」


遥は、自分でもわからない嗚咽をあげていた。

心が裂けていくような痛みではなかった。


もっと鈍くて、重くて、生々しくて、

“ああ、もう戻れない”という確信だけが、骨の中にまで染みていくようだった。


「もっと見せてよ」


蓮司の声が、心の奥をすくっていく。


「おまえが、“壊れるとこ”──ちゃんと、全部見ててあげるから」



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