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つの丸が、千夏から伸びている根のような腕に締め付けられていた。「──っ……!」
押し殺したような悲鳴が、つの丸の口から漏れた。
プラス表示の横に、つの丸の時と同じように……数字ではない“文字みたいな印”が浮かんでいた。
数字じゃない。
つまり、もう99人以上を殺している。
人間界に行き来できるんだ。
目の前にいるのは“千夏”で……でも魔物で……何がどうなっているのか分からない。
頭がぐらぐらして、現実が少しずつズレていく。
つの丸の喉から、裂けるような声がほとばしった。
「ガアアアアアアアアッ!!」
魔界の空気がびりびりと震え、地面の奥まで響き渡った。
「つの丸!」
「やめて!」
私と真帆の声が重なる。
千夏は、私たちの声なんてどうでもいいみたいに、口の端をゆっくり吊り上げた。
その笑い方が……千夏じゃない。
さらに締め付けが強くなる。
ぎ……ぎち……。
つの丸の身体が軋む音が聞こえた。
「苦しいか?」
千夏が、わざとらしく首をかしげてつの丸に問いかける。
「……やるなら……やればいい……」
つの丸は苦しそうなのに、声だけは強がっていた。
千夏は、つの丸をまっすぐ見て笑った。
「そう焦るなよ……これから面白くなるんじゃないか?」
「つの丸を殺しても何もならないよ!これ以上強くなる必要はないじゃない!」
千夏は鼻で笑った。
「何もならない? あるさ。お前は勘違いしている。」
つの丸の身体をさらに締め付ける。
「こいつみたいに“人間に肩入れする魔物”が増えてきてな。最近は特に多い。」
「……肩入れ……?」
真帆が叫んだ。
「肩入れって……人間を守るってことでしょ!? それの何が悪いのさ!」
千夏は真帆を見もしなかった。
「悪いに決まってるだろう。人間を守る“馬鹿な”魔物が増えれば──人間を殺せない。」
胸の奥がぎゅっと縮んだ。
千夏は薄く笑った。
「落ちてきた人間を殺し、その力で人間界に行き来する──それが魔界のならわしだ。」
真帆が叫んだ。
「それはあんたたちの勝手なルールじゃん!」
千夏は淡々と返す。
「勝手ではない。“秩序”だ。これ以上、乱すことは許さん。」
「王でもあるまいし……」
思わず口から漏れた。
「そうよ! そうよ!」
真帆も続けて叫ぶ。
千夏はゆっくりとこちらを向いた。
「だから──排除せねばならぬ。」
千夏の根のような腕がさらに締め付け、つの丸の皮膚が裂けていく。
「やめて!!」
千夏は、楽しそうに目を細めた。
「泣け! 叫べ! 絶望の中でこいつの死を見届けるがいい!」
真帆が叫ぶ。
「つの丸! 変化よ! あの時みたいに!」
「……分かっている。ただ……勝てそうにないがな……」
つの丸は、そこでふっと笑みを浮かべ、全身にぎゅっと力をこめた。
つの丸の身体が変化し始めた。
皮膚がわずかに波打ち、背中が盛り上がる。
盛り上がった背中の皮膚が裂けるように開き、そこから新しい腕が一本、また一本と生えてくる。
生まれたばかりの腕が震えながら伸び、地面に触れた。
千夏の根のような腕が、つの丸を締め付けたまま一瞬だけ緩んだ。
その隙を、つの丸は逃さなかった。
六本の腕が、静かに、しかし確実に千夏の腕を掴む。
力を込めると、乾いた音がして──
千夏の根のような腕が引きはがされ、ちぎれた。
「つの丸、やるじゃん!」
真帆の声が響いた。
ちぎれた腕は、軽い音を立てて地面に落ちた。
落ちた腕はしばらく動かず、ただ土の上に転がっていた。
やがて輪郭が薄くなり、霧のようにふっと消えた。
千夏の足元──
ちぎれた根のような腕の断面が、ぬるりと動いた。
断面の中心が開き、
そこから新しい腕がそのまま伸びてくるように再生していく。
形が整うにつれて、まるで何もなかったかのように、断面はつるりと元の姿に戻った。
「きもっ……」
真帆が小さくつぶやいた。
再生が終わった瞬間、千夏の姿がふっと消えた。
「──っ!」
気づいた時には、つの丸の目の前に立っていた。
つの丸の言葉が終わる前に、千夏の腕がつの丸の腹を貫いた。
「ゴボッ……!」
つの丸の口から、血が泡のようにこぼれた。
「つの丸!!」
「千夏、やめて! 魔物に支配されてるんだよね!?」
「そうよ! 千夏を返して!」
真帆も叫ぶ。
千夏は、冷たい声で言った。
「最初から“千夏”など存在しない。人間界で使っていただけの記憶だ。」
「……どういう意味……?」
「この体は、昔落ちてきた人間の屍だ。そこに我(われ)が入り込んだ。 お前たちの記憶にある千夏は……我が作った記憶だ。」
「……うそ……」
真帆は崩れ落ちた。
千夏は淡々と続けた。
「人間界で動くには、人間の姿が一番都合がいい。疑われずに近づけるからな。」
千夏はゆっくりと笑った。
「お前たちが死ぬ前に教えておいてやろう。……千夏の記憶が、そろそろ消え始めてるだろう?」
「……それは……」
私の声は震えた。
千夏は続ける。
「千夏の記憶は我が作ったものだが……長くは続かない。よく見てみろ。我は“千夏”か?」
私と真帆は、千夏を見た。
千夏の姿が、蜃気楼のように揺らめいた。
「……う、うそ……」
千夏の姿に、まるで朽ち果てた人間のような、ゾンビのような影がちらついた。
「うそよ、こんなの!」
真帆が叫ぶ。
千夏は薄く笑った。
「お前たちが都合よく作り出した幻だ……“千夏”という存在は。」
そして、つの丸を見て言った。
「そいつは随分前から気付いていたようだがな。」
つの丸の息が荒くなっていく。
「つの丸……」
「千夏……もう……やめて……」
四本の根のような腕が、地面を這うようにゆっくりと持ち上がった。
その先端が、つの丸の腕へ向かってしなる。
ひゅっ──。
一本目の腕が切り落とされた。
つの丸の身体が大きく揺れ、吠えるような怒号が魔界の空を突き破った。
「ぐ……ああああああああ!!」
二本目が切り落とされる。
つの丸の叫びが、空気を震わせる。
三本目。
四本目。
切り落とされるたびに、つの丸の声は獣のように荒れ、魔界の空に響き渡った。
根のような腕が、次の一撃を加えようとしなる。
つの丸が、私の方を見た。
「……奈月」
「え……?」
「赤い光の玉、持っているか?」
「赤いのは……ない。でも……白い芯ならある。」
つの丸は、わずかに口角を上げた。
「それでいい。」
私は急いで白い芯を取り出し、つの丸に投げた。
「それどうするの?食べられないし、武器でもないよね?」
つの丸は短く言った。
「見ればわかる。」
そう言うと、白い芯を──
バキッ。
と音を立てながら噛み砕いた。
「えっ? 食べられるの?」
つの丸は、そのまま飲み込んだ。
千夏が、初めて後ずさった。
「……食ったのか……それを……」
真帆がぽつりと言う。
「必殺技でも出るわけ?」
軽いノリなのに、目は真剣だった。
その瞬間、つの丸の身体が白く輝き始めた。
光が脈打つように強まり、周囲の空気が揺れる。
レベル表示が、一気に跳ね上がった。
「……え? レベル……25M?」
千夏を上回っている。
「つの丸、すごいじゃん!」
「まあ……な。」
でも胸の奥がざわついた。
魔物たちは白い芯を“絶対に食べなかった”。
食べられないからじゃない。
食べてはいけない理由があると、つの丸は言っていた。
なのに──どうして?
こんなにすごい効果があるのに……。
つの丸の光が、さっきよりも強く脈打った。
まるで、何かを削って燃えているみたいに。
つの丸の息が荒い。
その荒さが、戦うためというより──
何かを失っていくような音に聞こえた。
「……まさか……」
「つの丸……どうして……」
つの丸は、私の目を見て言った。
「気にするな。」
そして──
つの丸は反撃を開始した。