それから華子は、リビングへ戻って来た陸と入れ替わるように自分の部屋へ向かった。
部屋へ入ると、今日買って来た物を一つ一つ取り出してみる。
そして服についたタグを取り外したり、出窓スペースに化粧品を並べたり、
とにかくいつでもすぐに使える状態にしておく。
折り畳み式の小さい鏡も買っていたので、それも出窓に広げて置く。
今日からこの出窓が華子のドレッサーだ。
片付けを終えてから部屋を見回すと、なんとか暮らせそうな形になったのでホッとした。
それから華子は着替えを持ってバスルームへ向かう。
バスルームも、とても豪華な造りだった。
既婚者だと思っていた陸は、どうやら独身のようだ。
パウダールームの鏡の前には、男物のカミソリやローションが無造作に並んでいる。
それにしても、男の一人暮らしにしてはどこも掃除が行き届いている。
バスルームも新築のようにピカピカだった。
(意外と几帳面なのかしら?)
華子はそんな事を思いながら身体と髪を丁寧に洗った後、湯船にゆっくりと身体を沈めた。
身体中がじんわり温まってくると、リラックスしてホッとする。
その時華子は自分がクタクタに疲れ切っている事に気づいた。
それもそのはずだ。
愛人の野崎と対峙した後、あんな馬鹿な真似をしたのだから。
疲れた身体を風呂でゆっくりほぐしながら、華子は今日は早めに寝ようと思った。
明日からはまた新しい生活と仕事が始まるのだ。
(今日私は一度死んだも同然なのよ…そして明日からは生まれ変わった自分になるのよ!)
華子はそう自分に言い聞かせる。
そこでふと気づいた。
(私、まだあの男にお礼を言ってなかったわ)
華子は命を救ってもらった礼を、まだ陸に言っていない事に気づいた。
「自分も危険な目に合うかもしれないのに、勝手に飛び込んで来てばっかみたい……」
呆れたように呟いた華子の瞳には涙が溢れていた。
泣こうなんて思っていないのに勝手に涙が溢れてくる。
華子は子供の頃から、泣く時はバスルームでと決めていた。
人前では絶対に泣かない。他人に涙は見せない。ずっとそうして生きてきた。
(ここはバスルームだから泣いてもいいんだ)
そう思うとホッとして急に泣けてきた。
華子は声が漏れないように両手で顔を塞ぎながら、肩を震わせしばらくの間泣き続けてた。
その時たまたま廊下を通った陸が、バスルームから漏れてくる声に気づいた。
気になった陸は、パウダールームのドアをそっと開ける。
すると、バスルームから華子の鳴き声が聞こえた。
陸は少し神妙な顔をしてから、そのままそっとドアを閉める。
(思い切り泣いたら、少しは気持ちの整理もつくだろう)
陸はフッと笑ってそう思うと、自分の寝室へ入って行った。
翌朝華子は六時に起きた。
こんなに早く目が覚めるなんて、いつ以来だろうか?
スマホのタイマーは七時にセットしておいたのに、一時間も早く起きてしまった。
昨夜は風呂に入った後、早めにベッドに入った。
クタクタに疲れていたせいでぐっすり熟睡出来た。
愛人の野崎ともう会わなくていいのだと思うと嬉しくて気持ちが軽くなる。
ここ最近ずっと不眠気味だったが、久しぶりにたっぷりと熟睡出来たようだ。
(生まれ変わった途端、睡眠の質まで変わったのかしら?)
華子は思わずフフッと笑う。
そして気分良くベッドから起き上がるとカーテンを開ける。
窓の外にはすっきりとした青空が広がっていた。
そして遠くには都会の高層ビルがうっすらと見える。
この部屋からの眺めもなかなか良さそうだ。
華子はとりあえずシャワーを浴びようとバスルームへ向かった。
そしてパウダールームのドアを勢いよく開ける。
するとそこにはシャワーを終えたばかりの陸が上半身裸で立ち、タオルで頭をゴシゴシ拭いていた。
「キャッ! ごめんなさいっ!」
華子は慌ててドアを閉める。
「おはよう! もう出るからちょっと待って!」
「うん、わかった」
華子は返事をすると、慌てて自室へ戻る。
そしてベッドに座ると、
「あーびっくりしたぁ! 超マッチョな肉体見ちゃったわよ」
と呟く。
以前付き合っていた重森も、かなり鍛え上げて腹筋が割れていたが、
陸の身体はそれとは比べ物にならないほどガッチリしていた。
(自衛隊にいた人の身体って凄いのね…)
華子は今見た陸の見事な肉体を思い出して思わず赤くなる。
(私ったら何で赤くなっているのよっ!)
華子は顔が熱を帯びて来たので慌てて両手でパタパタと仰いだ。
その時、廊下から陸が言った。
「上がったぞ!」
「はーい」
華子はすぐにバスルームへ向かった。
パウダールームには、陸が使ったと思われるシェービングローションの爽やかな香りが残っていた。
華子は心地良い香りの中で服を脱ぐと、すぐにシャワーを浴びた。
シャワーを終えた華子は、髪の毛を丁寧に乾かしてから部屋へ戻った。
そして、昨日ドラッグストアで買った激安の基礎化粧品で肌を潤すと、プチプラコスメで化粧を始める。
華子は以前大手化粧品会社に勤めていた経験から、化粧品にはかなりうるさい。
だからプチプラコスメには正直あまり期待はしてはいなかった。
しかし実際に使ってみると思ったほど悪くはない。
(えっ? 結構いいじゃない! ファンデーションもきめ細かいし、アイシャドウの発色も割と良いわ…..)
呆気にとられた顔のまま、華子は鏡の中をまじまじと見る。
プチプラコスメでメイクした華子の顔は、いつもの派手でキツいイメージとは違い
とてもナチュラルで優し気な雰囲気に仕上がっていた。
(あっさり過ぎたかしら? でもカフェのバイトだからこのくらいの方がちょうどいいのかも…)
必要最小限の化粧品しか揃えなかったのが、返って良かったのかもしれない。
華子は鏡に映る今までとは違う自分の雰囲気に、満足していた。
そして華子は昨日陸に買ってもらったジーンズとコットンセーターに着替えた。
四色あるセーターのうち何色を着ようか悩んだが、今日はバイトの初日なので無難な黒色を着る事にする。
それから新しく買ったスニーカーを玄関に持って行った後、華子はリビングへと向かった。
コメント
3件
新しく生まれ変わった華子さん、これから素敵な女性に変わっていけるかな⁉️ワクワク....🎶
生まれ変わった新生華子❣️🛀で涙を流した後はしっかり陸さんに助けてもらったお礼を伝えてね🥹 生まれ変わってのスタートはまずそこからだよ🫵‼️
ドキドキした華子の運命はどうなるの❔期待してますよ笑っ