午後4時半、曇り空の下。古びた団地の前で、自転車を降りる女性がいた。
淡いベージュのニットにカーキ色のワイドパンツ、足元はすり減ったスニーカー。髪は肩までの明るい茶色で、後ろでざっくりひとつに結んでいる。左手には布製のエコバッグ。名前は真田玲(さなだ れい)、三十五歳。
ポケットのスマホが短く震えた。
《三階はない》
差出人不明の短文を一瞥し、首をかしげる。用事のある部屋は三階だ。
階段を上り、一階、二階……そして三階へ。
だが、そこは見慣れた二階の廊下だった。
何度上っても、必ず二階に戻ってしまう。階段を下りても、一階には辿り着けない。
足音が、どこか遠くから響いてくる。
顔を上げると、廊下の端に立つ自分と同じ服装の女が、じっとこちらを見ていた。
女は笑いもせず、ただ片手で「上へ」と指さした。
玲は再び階段を上る——その先に、階数表示はなかった。
扉だけが、音もなく待っていた。
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