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日曜日の昼下がり。
うち――、塚森キミカは電車で隣町、夢ノ宮のアーケード街まで足を運んでいた。
好きで集めている文房具ブランドの新商品、ボールペンやマーカー、ペンケースなどの発売日だったからだ。
カラフルでかわいい、お目当てのアイテムを行きつけの書店で手に入れ、ホクホクしながら通りに出た。
休日ということもあって、アーケードは大勢の買い物客で混雑していた。
その雑踏のなかを人々の身体に当たらないよう、身をすり抜けさせながらうちは歩き始めていた。
ここから駅まで四、五分。電車に乗って、童ノ宮の駅まで十五分ぐらい。
夕方、リョウがうちの様子見に来てくれるまで少し時間がある。
今日はうちが夕飯を用意して、リョウを驚かせたろかな。
……言うて、うちにできる料理と言えば、インスタントのうどんとかラーメンぐらいやけど。
と、その時だった。
大勢の人々が行き交う、アーケードの真ん中あたり……。
そこに強烈な違和感がうちが進む方角に向かってゆっくりと近づいて来た。
陽の光を浴びてオレンジ色に輝く体毛、長く垂れ下がった耳。
楕円形を縦に起こしたような瞳はキラキラと輝いていて、前に突き出された口の端には長い舌がダランと垂れ下がっている。
そして左右の前足の先には、白い手袋のようなものがはめられている。
それは犬だった。
多分、ゴールデンレトリーバー……。
一瞬、キグルミかとも思ったけど――違う。
ごく自然に滑らかに動くその様は生物的で、とても作り物とは思えない。
だけど、あんな生き物が存在するはずない。まるで人間みたいに後ろ足で立って歩く、オマケに身長が百八十センチぐらいもあり、おまけに左右の前足に手袋をはめた犬なんているわけがない。
しかも、周りにいる人たちはその奇妙なゴールデンレトリーバーに気がつく様子もなく、誰一人、奇妙なその生き物を目で追う素振りすら見せない。
ああ、あれはああいう怪異なんやな……。
そう気がついた瞬間、うちの背中にドッと冷や汗があふれた。
ジリジリと後ずさりして、パッと身をひるがえしてそのまま来た道を駆け戻ろうとして――。
「あ、あのー、……ちょっとお尋ねしてもいいでしょうカ?」
妙に間延びした声が聞こえ、思わずうちは立ち止まる。
そして、そーっと背後を振り返っていた。
「こ、ここにアンディーのお家が……人の使う言葉や文字はアンディーには……」
思わずうちは目を丸くしてしまう。
二足歩行のゴールデンレトリーバーが、いや、怪異が道行く人々に話しかけているのだ。
何やら物悲しそうにヒン、ヒンと鼻を鳴らしながら。
だけど……。
レトリーバーの怪異の呼びかけに応える人はいなかった。
無理もない。
普通の人にはモウジャや怪異、幽霊やお化けの類を認識することはできない。
霊的な儀式や唱え事を経て自らの意識をあちら側に合わせるか、今にも死にそうな極限状態であるなら話は別だけど……。
時々、勘のよさそうな人が怪異に耳元で囁きかけられ、「?」と首を傾げていたがそれだけだった。誰一人立ち止まることなく、スタスタと足早に怪異のもとを離れてゆく。
クウーンと悲しげに一鳴きし、ガックリと両肩を落とす怪異。
それから深く項垂れながらクルリと回れ右をして、来た方向をトボトボと戻り始める。
その背中はあまりにも寂しげで——、何だかうちは胸が締め付けられるのを覚えた。