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吐き気が、胸のあたりからじわじわとせり上がってくる。なのに、実際には何も出なかった。
息を吐く音がやけに大きく響いた気がして、慌てて押し殺す。
こんなとこ──誰も来やしないって、わかってるのに。
背中を壁に預け、制服の前を少しだけ緩める。
目を閉じると、さっきの光景が浮かんだ。
──笑い声。
──押し付けられる手。
──無理やり開かれた口。
──誰かが言った。「意外とイケる顔してんじゃん」
それより、
なによりも、目の奥にこびりついているのは──
(……遥、見てた)
目が合った。
一瞬だった。
でも、あの目を、俺は知ってる。
あれは、俺が何をされてるかじゃなくて──
「俺が、どうなるか」を怖れてた目だ。
(……やめろよ)
そう思った。
そういう目を、俺に向けるな。
怖がらせたくなかった。
苦しませたくなかった。
あいつはもう、十分すぎるくらい、壊されてきたのに。
俺まで、同じ場所に立って、
あいつの心に「また誰かが壊れていく姿」なんて焼きつけさせたくなかった。
──でも、見られた。
それが、たまらなく、情けなかった。
拳を握る。
自分の弱さが、みっともなくて仕方ない。
耐えられると思ったのに、結局何もできなかった。
遥の前で、格好悪くて、惨めで──
それがいちばん、悔しかった。
(……あいつ、俺のことどう思ったかな)
(守ってやるとか言っといて、このザマだって──呆れたかな)
そんなの、遥に聞けるわけがない。
でも、そう思ってる自分が、
いちばん、遥のことを傷つけてる気がした。
──あの目の奥に、どんな痛みがあったのか。
遥は、俺を見て、また何かを責めてしまったんじゃないか。
誰も悪くないのに、誰かにならなきゃならない世界で──
また、自分を選んでしまったんじゃないか。
(……だめだ)
遥にそんな思い、もうさせたくない。
あいつの自己嫌悪を、俺が増やすなんて──
そんなこと、俺が一番やっちゃいけないだろ。
拳を開いた。
わずかに爪の跡が残っていた。
(……行かなきゃ)
今さら、何ができるかなんてわからない。
でも、遥が“自分を責める前に”──
ちゃんと、俺の口から言いたい。
「あれは……おまえのせいじゃない」
その一言を、伝えたかった。