テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
黄昏の映画館が封じられた翌朝、資料庫にも同じ封印札が貼られた。
「昨夜、王都と重臣たちの会議があった」
トレヴァーは記録室でそう説明した。
机の上には、承認印の入った封鎖命令書がある。
「俺は最後まで反対した。だが、北部結界が止まれば周辺の砦だけでは守りきれないと言われた。城内の混乱まで考えれば、まず資料を保全して――」
「保全ではなく、触れられなくしただけです」
シュエルが言うと、トレヴァーは口を閉じた。
「あなたは昨日、公開すべきだと言いました」
「ああ」
「今日は?」
「……今すぐ公開すれば、停止要求まで一気に広がる。国境に危険が出る可能性もある」
「だから、多いほうの意見に合わせたんですね」
責めるための言葉ではなかった。
けれど、トレヴァーには十分刺さったらしい。
彼は視線を逸らした。
「俺には、城だけじゃなく周辺の町も守る責任がある」
「なら、自分で見てください」
「何を?」
「城が今、何をしているのか」
シュエルは革表紙から月白草の押し花を取り出した。
銀色の葉脈は、昨日より明らかに強く光っている。
「庭園の生命反応は三度目の基準割れです。しかも、この押し花は城の地下へ向けるほど反応が強くなる。停止が危険かどうかだけではなく、稼働を続ける危険も確認してください」
トレヴァーは押し花を見つめた。
それでも、すぐには答えなかった。
*
「地下へ行くのは駄目だ」
記録室を出た直後、サンタナが言った。
シュエルは足を止める。
「まだ何も言っていません」
「顔に書いてある」
「月白草の反応を確かめるだけです」
「映画館も資料庫も封鎖された。今、地下で何かあったら助けに入る許可すら取れない」
「だから安全な経路を探します」
「そういう問題じゃない」
サンタナの声が強くなる。
「これ以上、お前を危険なところへ行かせたくない」
胸の奥が痛んだ。
雨宿りをした夜。
自分を案じる気持ちが、もう単なる警備任務ではないことをシュエルも分かっている。
だからこそ、譲れなかった。
「私のためと言って、私の選択まで奪わないでください」
サンタナが固まった。
「俺は――」
「城へ来た日に地下へ行くなと言われたときと同じです。理由を説明せず止められたから、私は反発しました。今は理由が分かります。でも」
シュエルは彼を見る。
「心配されていることと、判断する権利を渡すことは別です」
宙
133
宙
62
きゆう
39
え ー た ん !
5,148
「落ちたら? 怪我したら?」
「その可能性を減らす準備をします」
「それでもゼロにはならない」
「あなたが警備に立つときも同じでしょう?」
サンタナは答えられなかった。
「あなたの仕事を、危ないから私が禁止したら受け入れますか?」
沈黙が落ちた。
やがて彼は低く言った。
「……受け入れない」
「私もです」
サンタナは拳を握った。
「分かった、とは言えない」
「言わなくていいです」
「でも、行くんだろ」
「はい」
その返事に、彼は顔を背けた。
シュエルも追わなかった。
*
北庭園の月白草を調べ直すと、根の一部だけが東へ伸びていた。
押し花も同じ方向へ向けると強く光る。
レーネが旧配管図を広げた。
「東側なら、旧地下水路がある」
「映画館とは別の経路?」
「ええ。庭園の排水と設備点検用。王都の封鎖命令にも指定されていない」
シュエルは配管図へ線を書き込んだ。
「ここから入り、分岐二つ目まで確認します。午後五時までに戻らなければ、警備隊へ連絡してください」
「一人で?」
「本当は二人以上がいいです。でも今、サンタナに同行を頼むのは違う気がします」
レーネはシュエルの顔をしばらく見た。
「喧嘩した?」
「……しました」
「ならなおさら、帰ってきて話すことね」
地図の複製と帰還予定時刻を記録室へ残し、シュエルは地下水路へ向かった。
*
旧水路は人一人が歩ける幅しかなかった。
壁沿いには錆びた管が走り、足元には浅い水が流れている。
押し花は、奥へ進むほど明るくなった。
「やっぱり、この先……」
二つ目の分岐。
図面では行き止まりになっている壁の前で、月白草の光が最も強くなった。
シュエルが壁面を調べる。
苔の下に細い継ぎ目があった。
「扉?」
古い点検口らしい。
力をかけると、金属板が重い音を立てて開いた。
向こうには、図面にない通路が続いている。
床も壁も、鋼の城と同じ黒い金属だった。
シュエルは入口へ印を付け、奥へ進む。
数十歩先で、低い振動音が聞こえ始めた。
脈を打つような音。
押し花の銀色が眩しいほど強くなる。
「中枢……?」
その瞬間、足元で小さな音がした。
ぱき、と。
シュエルは止まった。
床の黒い金属には、表面からは見えない細かな亀裂が走っていた。
長年、水路側から腐食していたのだ。
「まずい」
一歩戻ろうとした。
床が抜けた。
体が宙に投げ出される。
手を伸ばしても、指は何も掴めない。
「――サンタナ!」
自分でもなぜ、その名前を呼んだのか分からなかった。
暗闇を落ちた先で、青白い光が一気に広がった。
シュエルの目の前に現れたのは、城の地下深くで脈動する、巨大な魔法回路だった。
コメント
1件
「心配されていることと、判断する権利を渡すことは別」——この台詞、すごく刺さりました。シュエルがサンタナに真正面から向き合って、それでも自分の意志を曲げない強さが好きです。そして最後、床が抜けて落ちる瞬間に「サンタナ」と呼ぶところで、彼女の無意識の信頼が滲んでいて…。地下に広がる魔法回路の描写も美しくて、この先どうなるのか気になって仕方ないです。次が待ち遠しい!