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#アラスター
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桜が散り、青葉が芽吹き始めたばかりの、まだ春と呼べる季節。 僕の心は、誰よりも早く冬へと戻ってしまった。
吸入器の薬を飲み込み、震える肩を落ち着かせながら、僕は暗い部屋で一人、天井を見つめていた。 自分で考え、言葉を尽くし、傷つきながらも手を伸ばし続けたけれど。 その結果がこの「息苦しさ」なら。
「……もう、いいか」
口に出すと、驚くほどスッと心が軽くなった。 あんなに必死に守ろうとした5年生の思い出が、急に遠い国の出来事のように思えた。 僕が一人で勝手に大切にして、一人で勝手に苦しんで。 彼女に「じゃかさないで」と言わせ、B子を困らせ、自分の呼吸さえ壊して。 そこまでしてしがみつく価値なんて、この恋にはもう、残っていないんじゃないか。
翌朝、学校へ向かう足取りは、不思議なほど軽かった。 まだ4月が終わろうとしているだけの、6年生は始まったばかりの春。 クラスメートたちは新しい環境に浮き足立っていたけれど、僕だけは、たった一ヶ月で全てをやり遂げ、全てに敗北した老人のような心持ちでいた。
昇降口でA子を見かけても、もう心臓は跳ねなかった。 「あ、そこにいるな」と思うだけ。 B子が心配そうにこちらを伺っていても、軽く会釈をするだけで通り過ぎた。
僕の中の「春」は、ここで終わった。 花が咲き、命が輝く季節に、僕は自分の感情に蓋をして、深い眠りにつくことにした。
一人で歩く学童への道。 春の風は、もう僕の肺を刺激することはなかった。 ただ、どこまでも空虚で、どこまでも静かな、僕だけの「春」がそこにあった。