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次の試験開催へ向けて、花屋の奥は布の匂いでいっぱいになっていた。ハルミネが抱えてきたのは、祭り用の半被と、花屋で使う新しい花柄エプロンの試作品だった。畳んだ布の端から、まだ新しい糸の張りが見える。
「できた」
彼女はそう言って机に広げた。
ノイシュタットがすぐ覗き込み、アンネロスは焼き菓子の箱を片手に近づく。エフチキアは目を輝かせ、ドゥシャンは訳もなく拍手した。
最初に広げられた半被は、落ち着いた藍色に細い白線が入ったものだった。きれいではある。きれいではあるのだが、祭りの場で目を引くかと言われると、少しおとなしい。
エフチキアが正直に言う。
「きれい。でも、遠くからだと町内会の会計係さんみたい」
「会計係に謝って」
オブラスが即座に返し、店内に笑いが起きた。
ハルミネは笑わなかった。試作品の袖を撫でながら、小さく頷く。
「やっぱり地味か」
「丁寧ではあるんです」
ハヤが言う。
「でも、祭りの日に着るなら、もう少し“見つかる”感じがいるかもしれません」
ノイシュタットも珍しく素直に続けた。
「町の景色に溶ける美しさと、人の目を止める美しさは別だね」
少し前なら、ハルミネはその言葉で黙り込んだかもしれない。けれど彼女は布を見つめたあと、針を一本取り上げた。
「じゃあ、直す。遠くからでも分かる目印を足す」
その日の午後、花屋の一角は即席の作業場になった。アンネロスが焼き菓子の包み紙の色見本を並べ、エフチキアが客の反応を思い出しながら「子どもはこれくらい明るい色のほうが見つけやすい」と言う。ハヤは花の色との相性を見て、ジョンナは古い祭り写真を図書室から持ち込んだ。
夕方には、最初の半被から少し姿を変えていた。藍色の襟元に、山吹色の細い差し色。背中の下には小さな花の紋。派手すぎず、それでも人の目に残る。
ハルミネがそれをノイシュタットに着せる。
「え、僕?」
「立って」
「命令が速い」
「いいから」
言われるまま着たノイシュタットを見て、全員が少し黙った。
さっきまでより、ずっとよかった。気取った男が着ても浮かないし、石畳の坂でもちゃんと見つかりそうだ。
アンネロスがにやりとする。
「その顔で着ると腹は立つけど、服は悪くない」
「褒め言葉の刃が鋭いな」
「店の前で目立つなら十分でしょ」
次に、花柄エプロンの試作品をハヤがつけることになった。白地に細い緑、胸元に小さな花の刺繍。着て鏡を見ると、今までの無地より表情が明るく見える。
「似合う」
エフチキアがすぐ言った。
ハヤは鏡から目をそらす。
「目立ちます」
「そこが大事なんです」
ハルミネはエプロンの紐を結び直しながら言った。
「直すのは衣装だけじゃないから」
その言葉は、布に向けたものでもあり、自分たち全員に向けたものでもあるように聞こえた。
花屋の外では、山からの風が通りを抜けていく。ハヤは新しいエプロンの端をそっと指でつまんだ。前に出るための形が、服から整い始めていた。