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さんちゃん
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#青春恋愛(多分)
しお💙🧈/孤乃葉
21
翌週の月曜日。
朝から雨が降っていた。
強くはない。
傘を差していても、足元には細かい水が跳ねる程度の雨だった。
遥は昇降口で靴を履き替えた。
濡れた傘を閉じる。
水滴が床に落ちる。
その音を聞きながら、しばらく動かなかった。
教室へ行けば、いつも通りになる。
そう思った。
いつも通り。
その言葉が、最近は少しだけ重い。
遥は鞄を持ち直した。
廊下を歩く。
途中で何人かとすれ違った。
視線が来る。
笑い声が聞こえる。
自分のことかどうかなんて確認しない。
確認したところで、何か変わるわけでもない。
教室の前まで来る。
ドアに手をかける。
その瞬間、中から声がした。
「遥」
日下部だった。
遥は一瞬だけ止まる。
「……何」
「今日、遅かったな」
「雨だから」
「そっか」
それだけ。
日下部は自分の席へ戻る。
遥も席に着く。
鞄を置く。
椅子を引く。
いつも通り。
なのに、今日は一つだけ違った。
机の中に、見覚えのない紙が入っていた。
遥は手を止める。
白い紙。
折られている。
名前はない。
誰からなのかも分からない。
しばらく見ていた。
開かない。
開けば何か書いてある。
当たり前なのに、その当たり前が嫌だった。
遥は紙を机の奥へ押し込もうとした。
そのとき。
「それ」
日下部の声。
遥は顔を上げる。
「何?」
「入ってた?」
「……うん」
「見た?」
「まだ」
日下部が少しだけ近づく。
「俺が見る」
「いい」
遥は紙を取った。
「俺のだから」
日下部が止まる。
「……分かった」
遥は紙を開いた。
短い文章だった。
誰かを責める言葉でもない。
露骨な悪口でもない。
ただ、遥が一番見たくない種類の言葉だった。
『最近、日下部といるよな』
その下に、もう一行。
『迷惑じゃない?』
遥は紙を折った。
何も言わない。
日下部は聞かなかった。
ただ、遥の手元を見る。
「……何て書いてあった?」
「何でもない」
「そうか」
それ以上、聞かない。
遥は紙を鞄のポケットに入れた。
捨てることもしなかった。
日下部も席へ戻った。
その日の授業は普通に進んだ。
普通に。
先生が話して。
生徒がノートを取って。
チャイムが鳴る。
昼休みになれば、教室が騒がしくなる。
遥は弁当を出さなかった。
日下部も何も言わなかった。
ただ、自分の弁当を食べている。
それを見ているうちに、遥は少しだけ苛立った。
何に対してなのか分からない。
日下部にではない。
紙を書いた誰かにでもない。
自分自身に近かった。
「……日下部」
「ん?」
「俺と一緒にいないほうがいいと思う」
箸が止まった。
「何で?」
「そのほうがいいから」
「誰にとって?」
遥は答えない。
日下部は箸を置いた。
「紙?」
遥の目が上がる。
「見たの?」
「見てない」
「じゃあ何で」
「今の言い方」
遥は黙る。
日下部は少し考える。
「俺が決める」
「……何を」
「誰といるか」
遥は目を伏せた。
「でも」
「でも?」
「……迷惑になる」
「ならない」
即答だった。
遥はそれが嫌だった。
あまりにも簡単だったから。
「何で分かるの」
「分かる」
「分からないだろ」
「分かる」
「……」
遥は弁当を見た。
「俺といると、面倒なこと増える」
「増えるかもしれない」
日下部の答えに、遥が顔を上げる。
「じゃあ」
「でも、それで離れるかどうかは俺が決める」
遥は何も言えなかった。
日下部は弁当を片付ける。
「昼終わるぞ」
「……うん」
そのときだった。
教室の後ろで、誰かが笑った。
「何あれ」
「知らない」
「また日下部が面倒見てんじゃん」
遥の身体が固まる。
日下部が振り返る。
「何かある?」
声は低い。
相手は肩をすくめた。
「別に」
「ならいい」
それ以上は言わない。
遥は机の下で手を握った。
助けられた。
また。
その事実だけが残った。
助けられるたびに、自分が小さくなる。
自分一人では何もできないみたいに思えてくる。
だから離れたほうがいい。
そう思う。
でも。
日下部が離れていくと、不安になる。
その矛盾を、遥はまだ言葉にできなかった。
放課後。
遥は美術室へ向かった。
今日は一人だった。
部員が来るまで時間がある。
窓際の机に鞄を置く。
椅子に座る。
雨はまだ降っている。
絵の具を出す。
筆を持つ。
何を描くか決めていない。
紙だけが白い。
遥はしばらく、その白紙を見ていた。
後ろでドアが開く。
「早いじゃん」
蓮司だった。
「……何」
「通っただけ」
「美術室の前を?」
「うん」
蓮司は中に入らない。
ドアのところに立っている。
「今日、紙もらった?」
遥の手が止まった。
「……何で知ってる」
「知ってるわけじゃない」
「じゃあ」
「日下部が変だったから」
遥は蓮司を見る。
蓮司はいつもの調子だった。
笑っている。
けれど、何を見ているのか分からない。
「何て書いてあった?」
「言わない」
「そっか」
蓮司はあっさり引いた。
「日下部に言った?」
「言ってない」
「なんで?」
「……言う必要ないから」
「そう」
蓮司は少しだけ首を傾ける。
「遥」
「何」
「日下部が迷惑そうだった?」
「……違う」
「じゃあ、遥が迷惑だと思った?」
遥は答えない。
蓮司はそれ以上聞かなかった。
「まあ、いいや」
「何が」
「まだ自分で決めてるなら」
遥は眉を寄せる。
「何を?」
蓮司は笑った。
「何でも」
そのままドアを閉める。
遥は一人になる。
白い紙を見る。
筆先に絵の具をつける。
最初の線を引いた。
少し曲がった。
消そうとした。
けれど、消さなかった。
そのまま次の線を重ねる。
校門の外。
蓮司は傘を開いた。
少し先に、日下部がいた。
「日下部」
「蓮司?」
「まだ帰ってなかったんだ」
「遥待ってる」
「そっか」
「お前は?」
「帰る」
日下部は蓮司を見る。
「……今日の紙」
「うん」
「お前、何か知ってる?」
蓮司は少し考える。
「何かって?」
「遥に入ってたやつ」
「知らない」
「本当に?」
「うん」
日下部は黙る。
蓮司は傘を少し傾けた。
「でも」
「何」
「これから増えるかもね」
「……何が」
「こういうの」
日下部の表情が変わる。
「どういう意味だ?」
「そのまま」
蓮司は笑っている。
「遥の周りが変わったから」
「……俺がいるから?」
「それだけじゃないよ」
「じゃあ何だよ」
蓮司は答えなかった。
雨音だけが二人の間に落ちる。
しばらくして、蓮司が言った。
「日下部」
「何」
「今度は、ちゃんと自分で選んで」
「……何を」
「遥のそばにいるかどうか」
日下部は蓮司を見る。
「それ、前にも言ったか?」
「言ってない」
「じゃあ何で今」
「なんとなく」
蓮司は傘を開き直した。
「じゃあね」
「おい」
呼び止めても、蓮司は振り返らない。
日下部はその背中を見送った。
意味が分からない。
けれど、妙に引っかかる。
そのとき。
校舎の二階。
美術室の窓に、遥の姿が見えた。
日下部が顔を上げる。
遥も気づいた。
目が合う。
ほんの数秒。
遥は窓から離れた。
日下部はその場に立ったまま、雨の中で息を吐いた。
まだ何も終わっていない。
むしろ。
今まで見えていたものが、少しずつ形を変え始めていた。
そして、その変化に最初に気づいたのは。
遥自身ではなかった。
コメント
1件
うわああ第65話読み終えたよ…!😭✨ 雨の描写がずっと続いてて、なんかもうずっと心が曇ってる感じが伝わってきた…。特に机の中の紙、あれキツすぎるよ。「迷惑じゃない?」って言葉、悪口よりよっぽど刺さるやつ…。 でも日下部の「それで離れるかどうかは俺が決める」はマジでかっこよすぎた…!🤦♀️💕即答迷いなしだし。最後の蓮司の意味深な台詞も気になるし、目が合って遥が窓から離れるとことか切なすぎて泣きそう。次どうなるの…!!