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放課後の相談室には、今日も誰もいなかった。日下部は机に肘をつき、窓の外をぼんやり見つめる。空はオレンジ色に染まり、教室の静けさがいつもより少しだけ重く感じられた。
「日下部先輩……いますか?」
小さな声が背後から聞こえる。
日下部は振り返り、少し間を置いてから頷いた。
「いる。座れよ」
後輩の女の子は机の向かいに腰を下ろす。手は小さく握られ、視線は床のタイルに落ちていた。
「……あの、話したいことがあるんですけど、どう言えばいいか分からなくて」
日下部は肩をすくめる。
「無理にまとめなくてもいい。思ってることを、少しずつで」
女の子は小さく息を吐いた。
「友達……その、仲良くしてると思ってた子と、うまくいかなくなって。言いたいことがあるのに、言えなくて」
日下部は黙って頷く。
「そういうの、あるよな」
「はい……。なんか、私が悪いんじゃないかって思っちゃって」
「悪いんじゃない、って俺も言い切れないけど……」
日下部は言葉を探すように視線を落とす。
「でもな、言えなかったってだけで、お前の価値が下がるわけじゃねぇ」
女の子は眉をひそめた。
「でも、私……ちゃんと向き合えなかった。そう思うと、自分がいやで」
日下部は少しだけ笑った。
「お前がいやになるのは、俺も分かる。俺だって、同じようなことあるから。
でもさ、向き合おうとしてるだけで、結構意味あるんじゃねぇかな」
女の子は少しだけ顔を上げ、日下部の目を見た。
「意味……ですか」
「うん。たとえ結果がどうであれ、気持ちを押さえ込まずに出そうとしたこと自体が、積み重なって自分になるんだと思う」
「……そうかな」
「そうだ。俺も言えなかったこと、いっぱいあるけど、それで終わりじゃねぇ。少しずつ、形になってる」
日下部は窓の外を見ながら、ぼそりと続けた。
「だから、今はまだうまく言えなくてもいい。言えるときが来たら、少しだけ勇気出せばいい」
女の子は深く息を吸い、肩の力を抜く。
「……わかりました。少しずつ、頑張ってみます」
日下部は頷き、軽く肩を叩いた。
「おう。それでいい」
相談室には、まだ言葉にならない思いも混ざった静かな空気が漂う。
それでも二人の間には、小さな理解と少しの安心が芽生えていた。
日下部は不器用ながら、今日も誰かの心に耳を傾ける。