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翌日、柊は円城寺萌香を伴い浜田家を訪れた。


「申し訳ございませんでした」


心のこもらない口調で、萌香は浜田家の夫人・浜田久子(はまだひさこ)に頭を下げる。


「あなたは、隣町の円城寺さんのところのお嬢さんでしょう? お嬢様育ちのあなたには、営業職なんて向いてないんじゃない?」


浜田夫人の嫌味に少しムッとした萌香は、すぐに言い返す。


「そんなことないです! 私は一生懸命……」


その瞬間、隣にいた柊が、彼女の発言を制止した。


「円城寺さん。我々営業職に何よりも大切なのは、お客様のお気持ちに寄り添うことだ。君にはその点が欠けていたと思う。ただし、それは上司でもある私の責任でもある。せっかく今日は浜田様が謝罪の場を設けてくださったんだ。だから、人として、もう少し気持ちを込めて謝るべきではありませんか?」


そう言うと、柊は今度、浜田夫人に向かって口を開いた。


「私からも心よりお詫び申し上げます。部下が亡きお母様の思い出が詰まった大切なご実家を軽んじるような発言をしてしまったこと、上司として深く反省しております。本当に申し訳ございません」


柊はソファから立ち上がり、深々と頭を下げる。その姿を見た萌香も、慌てて柊の真似をして頭を下げた。


二人の様子を見た浜田夫人は、大きく息を吐き柊に言った。


「とにかく、今日はお帰り下さい。私ももう少し心の整理をしてから、この件に取り組みたいわ」

「もちろんです。浜田様が納得されるまで、我々はいつまでもお待ちしております」

「お宅とは長い付き合いだもの。できれば、この先もお任せしたかったんだけど……」


浜田夫人の言葉に、柊は肩眉をピクリと動かした。


(まさか、うちとの取引をやめるのか?)


彼はそう思いつつ、その不安を悟られないよう静かに夫人の言葉を待つ。

こういう場合、強引にしつこくするのはNGだからだ。

すると、夫人が言葉を続けた。


「実家売却の決心がついたら、他の業者のお話も聞いて比較検討させていただきます。そのうえで、もしおたくの会社にお願いするようなことになれば、城咲さん、あなたが担当してちょうだい! それと、アシスタントは違う女の子にしてね! この子以外の!」


萌香は怒りを露わにした表情をしていたが、それには気にも留めず、柊はすぐに答えた。


「承知いたしました。別の担当をつけさせていただきます」

「お願いね! しっかり教育された子をお願いよ!」

「承知いたしました。それでは今日はこれで失礼いたします」


柊はソファの脇に置いていたビジネスバッグを手に取り、深々と一礼をして応接間の出口へ向かった。

それに気づいた萌香が慌てて後を追う。



浜田家の豪邸を出ると、二人は来客用スペースに停めてあった車に乗り込む。助手席に座った萌香は、かなり不満気な様子で口を開いた。


「私は担当を外されるんですか?」

「お客様のご要望だから、そうなるだろうな」

「課長~! 私、そんなにひどいことをした覚えはないのに、あんなパワハラまがいのことを言われて心外です~」

「まだ、反省していないのか? 沼田係長から指導を受けただろう?」

「受けましたけどぉ~、でも、あんなボロボロの日本家屋なんて、さっさと取り壊して更地にしてあげた方がいいと思うんです。今の時代にそぐわない建物がぽつんと残っていても、景観的にもイマイチですし~」


萌香が自分勝手な持論を語り出したので、柊は呆れて右手で顔を覆った。


「とにかく、この案件からは君を外す。今後一切、浜田家には関わらないように!」

「分かりましたぁ~!」


萌香は口を尖らせながら不満気に返事をし、腕時計をチラリと見た。


「課長! もうこんな時間ですよ! せっかくだから、一緒にお昼を食べてから帰りませんか?」

「悪いが俺は次の約束がある。会社まで送るから、君は社に戻ってから昼食にしなさい」

「ええーっ、つまんなーい!」


萌香は残念そうに大声を上げた。



その夜、柊はターミナル駅近くの居酒屋にいた。

半個室の席に座り、親会社である高城不動産ホールディングスの専務・板垣優斗(いたがきゆうと)と飲んでいた。

優斗は柊の大学の二期先輩で、かつて高城不動産ホールディングスで同じ部署に所属していた仲だ。


「で、そのコネ入社のお嬢さん社員がまたやらかしたってわけか……」


優斗は面白そうに笑いながら酎ハイを一口飲んだ。


「笑いごとじゃないですよ。もうこれで三度目なんで、勘弁してほしいです」

「だよなあ……でもクビにはできないんだろ? となると、お前が言う通り次にやらかしたら異動させるしかないな」

「はい……」

「おまえんとこの支店にはちゃんと働ける女子社員はいないのか? うちは向上心溢れるバリキャリばっかりだぞ?」

「そんなのほぼいませんよ。板垣先輩も一度下の現場に出れば分かりますよ……」

「そうか? それにしても、お前いつも尻拭いばっかりしてんなぁ~」

「助けてくださいよ~。特に、今の課に来てからは、そんなのばっかりですから……」

「ははっ。まあ、子会社の現場の悲痛な声は、副社長の壮馬(そうま)にもちゃんと伝えておくから」

「お願いします……あ、俺、ちょっとトイレ行ってきます」


柊は椅子から立ち上がり、トイレへ向かった。


トイレへ続く細い通路を進むと、途中、女性が立ち止まり携帯を耳に当てている姿が目に入った。

女性は怒りを隠そうともせず、強い口調で叫んでいる。


「だから、それはそっちの責任でしょ! 私が買ったベッドに、あんたが女を連れ込んだんじゃないの! そんな気持ち悪いベッドなんて、いるわけないじゃないっ!」


酔いの勢いもあってか、女性はかなり激しい口調だった。

その様子が気になった柊は、足を止め、近くの観葉植物の影に身を潜める。そして耳を傾けた。

柊の気配にはまったく気付かず、女性は電話を続けた。


「はっ? 処分の費用? そんなのあんたが払いなさいよ! 自分の不祥事の後始末くらい自分でしてよねっ!」


女性は怒りを露わにしながら、激しい口調で相手を責め立てる。

だが、電話の向こうの相手も負けじと言い返しているのだろう。女性はうんざりした表情を浮かべながら、相手の言い分に耳を傾けていた。


女性は身長165cmほどのスラリとした体型で、目鼻立ちのはっきりした華やかな美人だった。

肩まで伸びた髪には軽くウェーブがかかり、化粧はナチュラルメイク。おそらく、しっかりメイクをすると、美しさが目立ち過ぎてしまうのだろう。

グレーのパンツスーツを身に纏ったその姿は、上品で洗練された雰囲気が漂っている。

身体のラインが出る女性らしいワンピースを着れば、もっと美しさが際立つのに……そう思いながら、柊は女性の低く落ち着いた声を聞きながら、無意識にこんなことを考える。


(彼女はベッドの上でどんな声を上げるのだろうか?)


その時、女性が携帯に向かって鋭い口調で言い放った。


「とにかく、次に電話してきたら着信拒否にするから、もうかけてこないで!」


電話を切ると、女性は怒った表情のまま柊の方へ向かって歩き出した。

慌てた彼は、何事もなかったかのように歩き始める。


女性の視線は真っ直ぐ前を向いており、柊には目もくれなかった。

すれ違う瞬間、柊はふわりと漂う香りに気づいた。


(なんの香りだ?)


それは、初めて嗅ぐ香水の香りだった。

その香りに気を取られたまま、柊はトイレへ向かった。

城咲課長は鉄壁女子社員を甘やかしたい

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