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脱衣場まで一旦戻り、用意済みだった水着にレイナードが着替える。
灰色をした膝丈まである無地の水着を着て大浴場まで彼が戻ると、ロシェルは既に浴槽の縁に座って足を湯へと入れていた。
彼が来た事に気が付き、振り返ってレイナードの方をロシェルが向く。すると彼女は一気に破顔し、それを隠す為に両手で顔を覆った。だが眼福を逃す手はないと、指が少し開いていて、隙間からコッソリ覗いてしまう。
筋肉質の上半身が惜しげもなく晒され、腹筋や胸筋にかけてラインの美しさは惚れ惚れする程だ。あの上腕二頭筋で腕枕をしてもらえた日が少し恋しいとまで思えてしまう。健康的な色味の肌は傷跡が多くあり、歴戦の過去を連想させるには十分過ぎるものだった。
アルと契約した事により薄く鎖の紋様が全身にあり、タトゥーが施されているみたいになっていた。
手で隠れた顔がどうしてもニマニマと崩れてしまう。そんなロシェルの様子を不思議に思い、レイナードが首を軽く傾げると、一人と一匹が入る大きな浴槽まで歩いていく。
彼女の側へ座り、彼も脚をお湯の中へと入れた。
「ふぅ……」
レイナードがリラックスし、息を吐く。
ロシェルがゆっくり手を下ろすと、真っ赤な顔で俯きながら両手を自分の膝の上に置いた。ドキドキする気持ちを抑えようとしてもなかなか落ち着かない。自分はそんな状態なのに、彼はどうして平気でいられるのだろうとロシェルが少しだけ拗ねてしまった。
「足だけもいいもんだな」
「でしょう?私はたまに自室でも入ったりするの。足が疲れた時とかにやると、ホント楽になるわ」
「マッサージもやると効果的だろうな」
「そうね、きっと気持ちがいいわ」
「やろうか?得意だぞ」
そう言い、レイナードが立ち上がってロシェルの前に跪く。
彼女が断る隙もないまま、お湯の中にある彼女の右足を自分の膝の上に乗せると、両手を使って足裏をマッサージし始めた。
『ひゃぁぁぁぁ!』と叫びそうになるのをロシェルが必死に堪える。力が強く、ツボを的確に押しこまれ、「ふぐあ!」と変な声を出してしまった。
「すまない、加減がマズかったな。これならどうだ?」
「……んっ」
今度は絶妙な押し具合で、ロシェルが嬌声に近い声をもらす。その類の声を聞いた経験がない二人は、気にすることなく互いに行為を続けた。
「あ……きもちぃ」
「ここならどうだ?」
「いいわ、とても……上手なのね。スゴイわ、シド」
足の指と指の間全てにレイナードは自身の指を入れて、間を広げていく。
「こう広げると、後で楽になる」
「そうなの?嬉しいわ」
指の間を十分に解し、また足裏へと手が戻る。
「全体的に固いな、もっと解さないと」
「んあぁぁ!」
足裏の目に効くツボを思いっ切り押され、ロシェルが背を反らせて声をあげた。
『……御主らは何をしておるのじゃ』
お湯の中から顔だけ出したアルが、呆れた声で問いかけてきた。
「マッサージだが?」
レイナードに続き、コクコクとロシェルが頷く。触れられていた事に対してはドキドキしてしまってはいたが、後ろめたい行為はしていなかったので、何故わざわざ問われたのか不思議でならない。
『そうなのか、ほぉ……そうなのか』
疑いの目を一瞬向けたと思うと、アルがまたスッーと奥へ泳いで消えて行った。
「……どうしたのかしら?」
「さぁな」
同時に、首を傾げて泳ぎ去るアルを見送ると、レイナードはもう片方の足もマッサージする。一通り解し終わるまで、二人は他者へは聞かせられない内容のまま、言葉のやり取りをし続けた。
「ありがとう、シド。とってもスッキリしたわ!」
お湯の中で脚を軽くバタつかせ、ロシェルが子供みたいにはしゃいでみせる。
「だろう?行軍の後、よく皆に頼まれてな。気が付いたら得意になっていたんだ」
「是非私にも教えて欲しいわ」
「あぁ、今度な。香り付きのオイルなんかもあると、もっと気持ちいいぞ」
「わかったわ、約束ね?絶対よ」
「仰せにままに、ご主人様」
微笑み合い、二人が見つめ合う。先に逸らしたのは、レイナードの方だった。
「……なぁロシェル。今回の件なんだが——」
レイナードの言葉を遮り、「迷惑だったかしら?」とロシェルが彼の腕にしがみつき、問いただす様な顔をした。
腕に胸が当たり、レイナードが困惑する。何度経験しても彼女のこの柔らかな感触には慣れる事が出来ず、顔を赤くしながら正反対の方へ慌てて顔を向けた。
「違う、そうじゃない。ただ、ありがとうと言いたかっただけだ。その……嬉しかったんだ、ロシェルが立候補してくれて」
「……え」
彼の言葉を聞き、ロシェルは固まった。
(私が対象者の一人である事が、嬉しい?惚れさせるって勝負内容なのに、嬉しいって……それって、シドは私に『惚れたい』と思っているってこと?)
「程々に付き合えば、そのうち諦めて帰るだろうから、立候補してくれたんだろう?追い返す正当な理由作りだとはいえ、こんな事に進んで参加してくれるだなんて、ロシェルは本当に優しいんだな」
彼が続けた言葉をロシェルは全く聞いていなかった。
『嬉しかった』と言う言葉だけが、こだまの様に耳の奥で繰り返され、心を震わせる。
(惚れて欲しいって事は、惚れているって意味よね?……私を?シドが?……そうだったら、私に断る理由なんかないわ!)
彼にしがみつくロシェルの腕に力が入る。それにより、食い込んだ胸は形を変えて水着の上からでもわかるほどの谷間を作り、目の毒となっていた。
だが、そっぽを向いていた事が救いとなり、レイナードはその姿を見てはいない。現状でも限界寸前なのに、もし見ていたら、一気にのぼせて湯船の中へと倒れていただろう。
「聞いているのか?ロシェル」
返事のない事を不思議に思い、レイナードが名前を呼んだ。平静を装ってはいたが、相手がロシェルでなければ、動揺しているとわかる声だった。
「え?……えぇ聞いていたわ、もちろん」
先程の発言は、彼からの遠回しな告白だったのかも!と勘違いしたロシェルが、何度も頷く。一緒にいたいと何度も何度も考えてしまう理由が、やっと少しわかった気さえしていた。
「シドの考えはよくわかったわ。早々に、サキュロス様には帰って頂きましょう」
決意し、力強くロシェルが言った。
「だから……どんな事があっても、私を選んでね、シド」
そっと彼から離れ、ロシェルがレイナードの顔を軽く覗き込む。未消化だった気持ちがスッキリした事で、彼女はとても晴れやかな笑顔になっている。
「あぁ、勿論だ。むしろサキュロス様を選ぶかもなど、無駄な心配をする要素なんかあるのか?俺はロシェルしか選ばないのに」
腕に当たっていた感触が離れた事に複雑な心境になりながら、レイナードは頷いてみせた。 告白した扱いになっている事になど全く気が付いてもいないので、より勘違いさせる発言を被せてしまう。
「嬉しいわ、シド!自信を持って挑むわね!」
認識にズレが生じたまま一回戦目が終了し、この後二人が大浴場から各自の部屋へと帰って行く。心理的疲労しか生み出さない無駄な勝負は、まだしばらく続くそうだ。
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