テラーノベル
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蓮司の指は、いつもどおりだった。
冷たくて、丁寧で、どこか楽しんでいるような軌跡。
服を脱がされる瞬間にも、もう何の感情も残っていなかった。
恥も、恐怖も、痛みも。
とっくに、置いてきた。
そのはずだった。
ベッドの軋む音。
窓の外では、風が吹いていた。
ただの平日の午後。
ただの、いつもの時間。
「ご褒美、欲しい?」
蓮司がそう囁くとき、かすかに笑っていた。
楽しげでも、優しくもない。
ただ、自分の反応を測っている。
機械の精度を試すように。
「なんでもいいよ」
遥はそう答えた。
言葉の重みも意味も、すでに手放していた。
与えられるものには、意味がない。
奪われるものにも、価値はない。
誰が抱こうと、誰が蹂躙しようと、
この身体は“もとから壊れていた”。
むしろ、蓮司の方が楽だった。
優しくしないし、同情しないし、
何より、「被害者」にしてこない。
壊れていく自分を、
遠くから眺めるだけ。
そういう人のほうが、
よっぽど、気が楽だった。
「お前、なんでそんな顔できるんだろうな」
蓮司がふと呟いた。
顔?
どんな顔をしていたのか、自分ではわからなかった。
無表情。
と、よく言われる。
でも、無じゃない。
ただ、何も“出さない”だけ。
「お前のそういうとこ、好きだよ。……ほら、今、ちょっと動いた」
動いた? 何が?
眉か、喉か、手か。
それとも、心の奥に埋めていた“何か”が。
違う。
そんなはずはない。
もう、壊れてる。
もう、何もない。
……そうじゃないと、困る。
そのとき、蓮司がふれた背骨のあたりが、
一瞬、熱を帯びた気がした。
感覚なんか、ないはずだった。
なのに、
「熱い」と思ってしまった。
それは、
最も許されないことだった。
熱なんて、もう感じたくなかった。
温度なんて、
誰かが生きている証なんて、
触れられてはいけなかった。
それを思い出した瞬間、
遥は、自分の内側がびりびりと焼けていくのを感じた。
「やめて」も言えない。
「嫌だ」も、もう持ってない。
だから、静かに、喉の奥で笑った。
声にならない、微かな嗤い。
ああ、また
壊れてないふりを、
しないといけない。
蓮司は、何も気づかず、
あるいは、すべて知っていて、
そのまま動きを止めなかった。
遥の中で「何か」がひとつ崩れ落ちる音がして、
それでも表情は、何も変えなかった。
蓮司は、それを見て、笑った。
「……そう、それでいい」
遥はもう、
自分がどこまで壊れていて、
どこからまだ残っているのか、
わからなくなっていた。
ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
もうすぐ、飽和する。
どこかで、きっと。
静かに、
誰にも見えないところで。
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