放課後のざわめきがまだ残る教室。窓際の席に腰を下ろした俺は、鉛筆を握りしめながら視線を落としていた。ノートは白紙のまま。何を書こうとしていたのかすら、もう思い出せない。
正面の席。そこに日下部がいる。けれど俺は、どうしても顔を上げられなかった。
(昨日……俺はあいつを……)
頭の奥で、蓮司の声が繰り返される。
「お前さ、日下部の親のこと言ったろ? あれは一番触れちゃいけないとこだ」
「守ろうとして裏目に出る。お前って、いつもそうだな」
胸の奥を、鋭い針で突かれるようだった。
俺が口を開けば開くほど、傷つくのは周り。守るつもりで差し出した言葉が、結局は裏切りの形になる。
俺が喋った言葉は、日下部を守るどころか、一番深く抉った。
(まただ……俺が喋ると、みんな壊れる)
視線を上げないよう必死にしていると、背後でざらついた声が響いた。
「なぁ日下部。昨日の“暴露”、どうだったよ?」
「親友に売られるとか最高にウケる」
わざとらしい笑い。
俺の背中に冷たい汗が流れる。
(俺のせいだ……全部……)
日下部がどう反応しているのか、怖くて見られない。
声をかけたい。違うんだ、俺は守りたかっただけなんだ、と。
けれど口を開けば、またあいつを傷つける。
だから――沈黙するしかなかった。
「おい、聞いてんのか日下部!」
机を叩く音。俺の心臓も同じリズムで跳ねる。
……そのとき。
「黙れよ」
低い声が響いた。日下部の声だ。
凍りつくような静けさ。だがそれは俺に向けられたものではなかった。
(……違う。俺を庇ってるわけじゃない)
彼の背筋は強張っていた。目は俺を避けるように斜め下を見ている。
そこに宿る感情を、俺は直感した。怒り。疑念。裏切られた痛み。
(あぁ……もう完全に終わったんだ)
言い訳なんてできない。
「ごめん」と口にしたところで、昨日と同じように届かない。
俺はまた間違えた。いつもそうだ。人を守ろうとして、結局裏切りになる。
「なぁ日下部」
誰かが笑い混じりに囁いた。
「今度は“無視”か? 昨日は親友に裏切られて、今日は親友に避けられる。最高の見世物だな」
俺は息を止めた。
避けられているのは俺だ。けれど、周りにはそうは見えない。
日下部にとっても――そう映っているのかもしれない。
机の上で拳を握った。
けれど上を向くことはできなかった。
(また間違えた……また俺のせいで)
心の奥で、何度も同じ言葉を呟く。
視界は白紙のノートに落ちたまま、決して日下部に向かうことはなかった。
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