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教室のざわめきの中で、俺は机に肘をついて俯いていた。昨日のことがまだ頭を離れない。
――裏切られた。
あの瞬間の衝撃が、何度思い返しても胸を締め付ける。
親のこと。家のこと。誰にも触れられたくなかった一線を、あいつは口にした。
わかってる。無理やり言わされたんだってことくらい。
あいつが自分の意思で俺を売るはずがないってことも。
だけど――感情は別だった。
笑い声に晒され、秘密を暴かれ、俺の中の「信じていたもの」が音を立てて崩れた。
そして今。
視線をそっと前に向ける。遥の背中が見える。
奴はノートに顔を伏せたまま、一度も俺を見ようとしなかった。
(……なんだよ、それ)
唇を噛んだ。血の味が広がる。
せめて目を見ろ。声をかけろ。謝るでも、言い訳でも、何でもいい。
けれどあいつは沈黙している。俺から逃げるように。
「なぁ日下部」
隣の席から囁きが飛んできた。
「昨日の親友、今日は完全に無視だな」
「裏切ったうえに切り捨てるとか、最高に冷てぇ」
笑いが起きる。
そのたびに、胃の奥に鉛の塊が沈んでいく。
(そうか……あいつはもう俺を切ったんだな)
脳裏に浮かぶのは、かつての遥の姿。
「俺がなんでもするから、日下部には触れるな」
そう言っていた。俺を守るために。
俺は信じていた。――信じきっていた。
なのに。
今の遥は、俺を見ない。声もかけない。
昨日「ごめん」と口にしたきり、何もない。
まるで「俺たちはもう終わりだ」と言外に告げているようだった。
「なぁ日下部、気分どうだよ」
「親友に裏切られて、今度は避けられる。完全にピエロだな」
笑い声が耳にこびりつく。
胸の奥が焼けるように熱い。
拳を握る。爪が皮膚に食い込み、痛みが怒りに変わっていく。
(守りたかったのに……なんでこんな目に)
(裏切られたうえに、避けられて、笑い者にされて……俺は何なんだよ……)
視界がじわりと歪む。
遥の背中が霞んで見えた。
その輪郭すら憎たらしく、壊してしまいたい衝動が脳裏をかすめる。
(違う……俺はそんなこと思っちゃいけない……)
必死に否定する。けれど感情は抑えられなかった。
沈黙を守る遥。嘲笑を浴びせる周囲。
俺は机に額を押しつけ、声にならない唸りを漏らした。
――もう、信じられない。
その言葉だけが胸に残り、俺を内側から食い破っていった。