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桃下結衣
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#ロマンス
ruruha
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#大人ロマンス
瑠璃マリコ
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踏みつけられた破片は、硬いフローリングの溝を擦り、ミシッと小さな音を立てた。
今のは何……?
これで、全てが片付いた?
……片付いたって、何が解決したと言うの?
危険を冒してまで飛び込んだ世界の終わりは、こんなにも呆気なく、酷薄なものなの?
私は瞬きも忘れ、愕然とその場に立ち尽くす。
楓は違う……
決して遊びなんかじゃない。
心から、遼を愛している。
……じゃあ、遼は?
こんな残酷なことができるなんて、本当に遊びだったの?
心はなかったの?
夫に抱かれていた時の彼女の表情が、脳裏に焼き付いて離れない。
快楽に溺れながら見せた、あの表情……
夫の名を何度も呼びながら見せた、あの表情……
女は、相手の愛を感じていなければ、あんな愉悦に満ちた表情など浮かべられるはずがない。
彼女は、遼に愛されていると信じていた。
妻である私よりも、ずっと深く結ばれているのだと。
その存在に劣等感を抱き、侮辱された思いに打ちひしがれていた。
だから楓が恐かった。
許せなかった。
それなのに――――
【安定があるからこそ男は刺激を求める】
直江先生の余裕に満ちた表情が、酷薄な言葉とともに一瞬で蘇る。
このことを言っていたの?
どれほど愛の言葉を囁き合っても、安定を失うとなれば、手のひらを返すように扱われ、呆気なく捨てられる。
不倫は、ただの恋愛ごっこ……
今泉さん……
あなたも同じなの?
「……これが、不倫の結末だと言うの?」
声にならない吐息を零し、私は絶望の淵へ叩き落とされた。
楓の悲鳴が耳に残って消えない。
目頭が熱くなり、唇が小さく震える。
「……黙りか?
コピーは他にないのかと聞いてる」
夫は眉間へ深い皺を刻み、低い声を這わせた。
「さあ……どうかしら」
私は夫から目を逸らし、わざと素っ気なく答えた。
「さあ……だと? 俺を脅すつもりか?」
怒りと苛立ちを滲ませた声が耳へ押し込まれる。
「あなたに脅されてるのは私でしょ?
夫婦関係だけじゃない。あなたは人格まで変えてしまった。昔はこんな残酷なことができる人じゃなかった。
私が愛したあなたは、こんな……」
「おい。
さっき、俺が何も分かっていないと言ったよな?」
私の声を遮るように、夫の厳しい声が響いた。
「……ええ。言ったわよ」
私は息を呑み、顔を強張らせる。
「その言葉、そのまま返してやる」
「えっ……?」
「何も分かってないのは俺じゃない。
おまえだ……亜紀」
怒気を孕んだ冷たい声を落としながら、夫は壁へ磔にされたように動けない私へ歩み寄る。
「おまえが、いつまでも変わらずにいられるのは誰のおかげだ?
おまえの大切な家族が、あの田舎で今も変わらず暮らしていられるのは、誰のおかげだ?」
「私の家族? ……何の話をしてるの?」
「失踪した、おまえの兄貴……
今、どこで何をしているのか知ってるか?」
「え……お兄ちゃんが? どうして……」
どうして、ここでお兄ちゃんの名前が出てくるの?
何の脈絡もない話の展開に戸惑い、私は目を見開いたまま夫を見つめた。
「何も知らないのは亜紀、おまえだけだ。
失踪したおまえの兄貴は今、田舎で母親と暮らしている。……二年前に突然姿を現したんだ。借金まみれの無様な姿になってな!」
「えっ、お兄ちゃんが……」
借金まみれ?
二年前に田舎へ帰って来た?
「ま、待って……何を言って……」
雷に打たれたような衝撃が走る。
裂けるほど見開いた瞳は瞬きすら忘れ、開いた口からは言葉が出ない。
夫は愕然とする私を見下ろし、再び口を開く。
「おまえの兄貴が帰って来た二年前、母親は亜紀に相談しようとここへ訪ねてきた」
「……訪ねてきた? お母さんが?」
「でも、亜紀は臨時の当直で留守だった。
俺が話を聞くと、おまえの母親は俺に泣きながら話した。兄貴の借金のことを……
『このままじゃ家と土地を手放さなきゃいけなくなる。お父さんが遺してくれた家を売ったら、亜紀に合わせる顔がない』ってな」
「そんな……私は何も聞いてない!
この前会った時だって、お母さん私に何も言わなかった!」
「俺が亜紀には言わないよう口止めした。
約五千万円の借金……俺が肩代わりしてやった。
亜紀の将来の出世払いとしてな」
「なっ……」
五千万円を遼が肩代わり……!?
「私の出世払いって……」
「おまえは何も知らず、変わらぬ毎日を過ごし、論文が認められ、引き抜きの声が掛かるほど仕事に専念してきた。
母親の葛藤も、苦しみも知らずにな」
夫はダイニングキッチンの椅子にもたれ掛かり、茫然と立ち尽くす私を眺めながらククッと喉を鳴らす。
「あんなド田舎のボロ家、売ったところで三百万か? 五百万か? 利息の足しになるくらいだろ。
俺が守ってきたんだ。おまえも、おまえの家族も。
俺と別れたいって言ったよな?
繁盛してる開業医ならまだしも、大学病院のサラリーマンドクターに五千万円は大金だ。
……さあ、どうしようか。亜紀」
「……嘘よ……そんなの……」
放心状態となった私の口から、生気を失ったか細い声が漏れる。
「そんな嘘をついて、俺に何の得がある?
疑うなら今から母親に電話したらどうだ。
何なら俺が話してもいいぞ。
能無し兄貴の借金がバレましたって」
無情な言葉を浴びせる夫の表情が、真実を物語っていた。
私だけ知らなかった……
何も……
冷ややかな笑みを浮かべる夫を見つめ、震える唇を噛む。
家族の苦しみを何も知らなかった自分……
何も知らず、夫に『飼われていた』自分……
ただ呆然と立ち尽くし、声も出ない。
「亜紀、循環器センターの誘いを受けろ。
これはまだ内密だが……俺はあそこの統括部長と、ある計画をしている。
亜紀は先に入って、その才能と人脈で優秀なスタッフを集めてほしい」
「スタッフを集める? それって……
いずれセンターからスタッフを集団で引き抜くってこと?」
「ああ、そういうことになるな」
「あなたは何を考えてるの!?
そんなの犯罪だわ!」
「大丈夫だ。既に手は打ってある。
この計画が成功すれば、五千万なんてはした金だ。
将来、関東循環器センター長のポストは俺のもの。おまえは臨床のトップに上がり、論文でも研究でも好きなことをすればいい」
――何を言ってるの?
「俺にはおまえが必要だ。くだらないお遊びのことは謝る」
くだらないお遊び……
楓ちゃんのことを言っているの?
「俺たちは最高のパートナーだ。俺は亜紀だけを愛してる。……その意味、今のおまえなら理解できるよな?」
これがあなたの愛し方?
これが、あなたの守り方?
野心に心が蝕まれて――――完全に狂ってる。
「亜紀……愛してる」
夫は微笑みを向け、怯える私へ手を伸ばす。
長い指が私の髪を撫でる。
首筋に、生温かい吐息がかかった。
……違う……
あなたじゃない……
「触らないで……」
私が触れてほしいのは、あなたじゃないっ!
「やめてっ! 私に触らないでっ!」
声を張り上げ、私は夫を両手で突き飛ばした。
不意を突かれた夫がよろめいた隙に、リビングの扉を開け、寝室へ逃げ込む。
ドクドクと心臓が早鐘を打つ。
恐怖で足が縺れそうになる。
急いでバッグを胸へ抱き締め、寝室を飛び出そうと振り返った。
「こんな時間に、どこへ逃げるつもりだ?」
扉の前には、憤慨を露わにした夫の姿。
「………」
さらなる恐怖が私を襲う。
私を支配するように歩み寄る夫を睨みつけ、気味の悪い生唾をゴクリと飲み込んだ。
コメント
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うわ…めっちゃ重い回だったね…💧 亜紀が知らされた衝撃の真実、夫の計画、そして“愛してる”って言葉の重みが全部違って響くの怖すぎる。 楓ちゃんのことも、不倫って結局“遊び”で終わるんだって突きつけられた感じがして心にズシッときたよ。 「あなたじゃない」って拒絶したシーン、切なくて苦しかった…続きどうなるのかな。