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翌朝、雨はすっかり上がっていた。
川は少し増水していたが、空は信じられないほど澄んでいる。昨夜あれほど重たかった雲が、どこか遠くへ流れ去ったあとみたいに、青が高かった。
星降る橋の下には、まだ昨夜の名残があった。
折り畳み椅子の跡、濡れた木の匂い、片づけきれていない案内札。派手な勝利の残骸ではない。人が確かに集まって、笑って泣いて帰っていったあとの静かな散らかり方だった。
ニカットは朝早くから来ていた。
以前より少し柔らかい顔で、保存と活用の決定通知を読み上げる。
地下避難壕は文化利用区画として残ること。時計塔も撤去準備を停止し、保存修繕の検討へ入ること。昨日の公開上演の結果は、単なる人気投票ではなく、町の意思として扱われること。
読み終えたあと、彼は紙を下ろした。
「……以上です」
それから少し気まずそうに咳払いし、
「これからは、相談くらいは先にしてください」
誰へともなく言う。
モルリが即座に手を上げる。
「それ、かなり前向きな言い方?」
ニカットは眉を寄せる。
「かなり前向きです」
ヌバーが拍手し、ハルティナとトゥランまで笑い、ニカットは「やめてください」と言いながらも本気では嫌がっていなかった。
アルヴェは昼前に橋へ来た。
昨日より少し軽い顔で、サベリオへ封筒を渡す。中には、時計塔と橋の下を使った新しい上演案の走り書きが入っていた。
「今度は取り合うんじゃなくて、並べる形もある」
そう言う。
サベリオは紙を見て、笑う。
「前より好きです」
アルヴェも笑った。
「俺も」
パルテナはホレと一緒に布を畳みながら、鏡もない場所で発声をしていた。
モルリが呆れる。
「昨日の今日で?」
「昨日の今日だから」
パルテナは顎を上げる。
「次は勝つって言ったでしょ」
サラは橋の欄干にもたれ、眠そうな顔の仲間たちへ温かい飲み物を配る。
ミゲロは壊れていない物まで直したくなる癖を出し、ジャスパートは昨夜の環境音をもう一度聞き返して一人で満足し、ヴィタノフは朝の光が時計塔へどう入るかを静かに見ていた。
その中で、サベリオは一枚の板を持っていた。
よく磨かれた木の板。
ダニエロが店の裏から持ってきて、サディオが文字の下書きをし、最後の仕上げはサベリオ自身がやった。
デシアが隣へ来る。
「掛ける?」
「うん」
二人で脚立を支え、入口の上へ板を掲げる。
釘を打つ音は、小さく、乾いていて、妙に気持ちがよかった。
板には、こう書かれている。
――星降る橋のシェルター。
モルリが真っ先に拍手する。
「いい! すごくいい!」
ヌバーが胸を張る。
「私が最初に誘った場所だからね」
「そこで乗っ取らないで」
ホレが即座に切る。
笑いが起きる。
その笑いの余韻の中で、サベリオはデシアの方を向いた。
「終わったら聞くって、言ったから」
少し照れながらも、今度は逸らさない。
「改めて、聞かせて」
デシアは一瞬だけ目を伏せた。
それから、昨日よりもずっと穏やかな顔で見上げる。
「好きです」
はっきり言う。
「支えてくれたところも、逃げきれないくらい優しいところも、ちゃんと前に出てきてくれたところも」
サベリオは黙って聞く。
耳まで赤いのに、逃げない。
「俺も」
少し間を置いてから言う。
「ずっと好きだった。声だけじゃなくて、言葉だけじゃなくて、全部」
モルリがまた騒ぎそうになり、パルテナがその口を塞ぎ、ヌバーが笑いを噛み殺し、ホレが半分諦めた顔で空を見る。
橋の下には、最後まで静かになりきれない人たちばかりだ。
でも、それがよかった。
深い時計は、昼の光の中で静かに針を進めている。
昨夜鳴った鐘の余韻はもう聞こえないのに、不思議とまだ胸のどこかで続いていた。
デシアが新しい看板を見上げる。
「帰ってきてもいい場所になったね」
サベリオも見上げる。
「うん。今度は、消えないようにする」
風が橋を抜ける。
雨上がりの土と川の匂いがした。
ここへ来れば、また誰かに会える。
笑われた夜も、泣いた夜も、勝った夜も、きっとこの場所の中で混ざって残っていく。
星降る橋の下で、また会おう。
その約束みたいに、新しい看板が朝の光を受けていた。