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第20話 文化人の過去発言
配信
「こんばんは〜、“はごろもまごころ”だよ!」
画面に映るまひろは、今日は淡いグリーンのトレーナーにこげ茶のハーフパンツ。首からは学校で流行っているキャラクターのストラップをぶら下げ、ぱっつん前髪の下の丸い瞳を無垢に輝かせていた。
隣のミウは、クリームのブラウスに水色のロングカーディガン、スカートは落ち着いたグレー。髪はゆるく後ろでまとめ、耳元には雫型の小さなピアス。やわらかな笑みを浮かべ、視聴者を安心させるようにカメラを見つめていた。
まひろが少し不安そうに口を開いた。
「ねぇミウおねえちゃん。ある文化人さんがテレビや本でよく出てて、すごく賢そうで尊敬されてるんだけど……ぼく、ちょっと気になることがあるんだ」
コメント欄がざわつく。「誰?」「あの人かな」と視聴者が反応する。
「なんかね、昔の発言がネットで見つかって……いまのことと全然ちがうこと言ってたみたいで。ほんとに信じていいのかなぁ」
疑惑の芽生え
ミウがにっこり笑い、ふんわり首をかしげる。
「え〜♡ 考えが変わるのは悪いことじゃないけどぉ……もし都合よく言い分を変えてるだけだったら、ちょっと怖いよねぇ」
まひろは小さくうなずき、無垢な声で続ける。
「ぼくはただ、“ほんとの気持ちはどこなんだろう”って思っただけなんだ」
コメント欄には「確かに昔と今で言ってること違う」「信じられなくなる」と不安が広がった。
レイNews記事化
その夜、「レイNews」には記事が並んだ。
1. 著名文化人T氏、過去発言との“矛盾”が浮上
2. SNSで拡散『当時はこう言っていた』証拠画像
3. テレビ番組でのコメントを再検証 “180度の変化”
4. 専門家コメント『信頼を失う危険性』
5. ファンコミュニティ分裂「信じたい派」と「裏切られた派」
記事は昔の雑誌インタビューから切り取った一文を拡大し、現在の発言と並べて掲載していた。
実際には時代背景が違い、意味も異なる文脈だったが、それを無視して「矛盾」として提示。
裏ではミウが古い記事データベースから都合の良い言葉を抜き出し、見出しに差し込んでいた。
群衆の暴走
SNSはたちまち炎上。
「信じてたのに嘘つきだった」
「人前で言うことを変えるなんて卑怯」
「賢そうに見えてただけだった」
まとめサイトは「文化人の仮面」と題して記事を量産。
ワイドショーは過去映像を並べ、「確かに言っていることが逆」とコメントを添えた。
やがて講演依頼やテレビ出演はキャンセルされ、本の売上も急落。
“矛盾の人”というレッテルが貼られていった。
クライマックス
数日後、文化人T氏は「当時と今では状況が違うだけ」と釈明コメントを発表。
だが、それは翌日こう記事化された。
「状況のせいに? やはり信用できない」
どんな説明も「言い訳」として処理され、沈黙するしかなくなった。
結末
夜の配信。
まひろは淡いグリーンのトレーナーの袖を指でいじり、無垢な瞳で言った。
「ぼく……ただ“ほんとの気持ちはどこなのかな”って思っただけなのに」
ミウはやさしく頷き、ふんわり笑みを浮かべる。
「え〜♡ でも、考えるきっかけになったんだから素敵だよね。
言葉って重たいから、やっぱりちゃんと見ないとねぇ♡」
コメント欄は「気づかせてくれてありがとう」「真実を見抜く目を持ちたい」であふれた。
その裏で、ミウのPC画面には次のターゲットリストが表示されていた。
「教育現場の不祥事」「新興企業の闇」「次期政治家候補」。
記事タイトルの雛形は、もう準備が整っていた。
> 無垢な声とふんわり同意、その裏で“文化人の言葉”は信頼を奪う刃へと変えられていった。
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