しばらく沈黙が続いた後、拓が真子に聞く。
「休みは何曜日?」
「日曜と月曜」
「そっか。じゃあ明後日の日曜日、市内を案内してよ」
いきなりそんな事を言われたので、真子は驚いた。
しかし日曜日は特に予定もなかったので、拓の誘いに応じる。
「いいわ。何時くらいにする?」
「朝の9時でいい? モーニングを一緒に食べよう。で、その後ドライブしながらいろんな所を案内してよ」
「いいけど…え? 車ってあるの?」
「レンタカーを借りるよ」
「わかった。待ち合わせ場所は?」
「真子の家まで迎えに行くよ。今日送って行って場所を覚えるから。近くなんだろう?」
拓から「迎えに行くよ」と言われたので、真子は遠い昔の事を思い出していた。
高校時代、拓はいつも真子を迎えに来てくれた。
あの頃は自転車だったけれど、今回は車だ。
そこに8年という月日の流れを感じる。
「うん、ここから歩いて10分くらい」
それから二人は会えなかった8年の間に起きた事を報告し合った。
大学時代の事、就職してからの事。
ぽっかりと開いていた空白を埋めるかのように、互いのこれまでを語り合う。
拓は昔と変わらない真子の笑顔を見て、感無量だった。
今すぐ真子に触れたい
今すぐ真子にキスをしたい
今すぐ真子を抱き締めたい
そしてすぐにでも真子を自分のものにしたかった。
出来る事なら真子をガラスの箱に閉じ込めて、一生自分の傍に置いておきたい。そんな衝動に駆られる。
真子の笑顔を見ていると、目頭が熱くなってくる。
普段拓は泣く事などほとんどなかったが、真子に関してだけはどうも涙腺が緩んでしょうがない。
しかし今日の涙はあの時の涙とは違う。嬉し涙だ。
拓は必死に涙をこらえながら、笑顔で真子が話す内容にうんうんと頷いていた。
結局二人は、ファミレスの閉店時間までお喋りを続けた。
店を出ると、満月の位置が先程よりも高くなっていた。
月が放つ光の強さはさほど変わってはいない。
拓が家まで送ってくれるというので、二人は並んで歩き出す。
「真子、ほら」
拓はそう言って真子に手を差し出す。
真子は素直に拓の左手を握った。
拓の手のひらの大きさは昔とほぼ同じだった。
二人は大通りから裏通りへ入って行く道を曲がる。
静かな住宅街を歩いていると、真子が言った。
こうして手を繋いでいると、あの頃に戻ったようだ。
「なんか岩見沢で拓と手を繋いでいる事が信じられないよ」
「そうだな」
「拓は私がこの町にいるって知っていたんでしょう? でも私は数時間前まで知らなかったんだよ。だからきっと私の驚きの方
が大きいと思う」
「ハハッ、確かに…」
おそらく真子は拓の何十倍、いや何百倍は驚いているのではないだろうか?
その時、フワッと優しい風が吹いて真子の身体からバラの香りが漂ってきた。
「ん? バラの香り…なんかつけてる?」
「うん、バラの練り香水」
「練り香水?」
「うん、チューブに入っているの。普通の香水とは違ってクリーム状なんだよ」
「へぇ…そんなのがあるんだ…」
「うん…この匂い嫌い?」
「いや、好きだよ。いい匂いだ……」
真子が香水をつけていると知り、拓は改めて真子が大人の女性に成長したんだなと思う。
あの頃真子の香りと言えばシャンプーの香りだけだった。
その時拓は思った。
会えない8年の間、もし拓が真子と一緒にいたら真子の成長をこの目で見守る事が出来たのだろうか?
少女から大人へ変化する過程を、この目に焼き付ける事が出来たのではないだろうか?
ふとそんな事を考える。
(済んでしまった事を考えるのはよそう…これから少しずつ取り戻していけばいいんだ)
拓はそう思いながら真子の手をギュッと握った。
一方真子は、あの頃よりも背が伸びた拓の身体を意識せずにはいられなかった。
握った手の感触はさほど昔と変わらなかったが、拓の身体つきは当時よりも逞しくなり大人の男性色気を含んでいる。
その魅力的な肢体にどうしても目が行ってしまう。
少し伸びた無精髭にでさえも、男としての拓を意識してしまう。
まだ青年だったあの頃の拓の姿は、もうそこにはなかった。
昔のままの拓に会えないのは寂しかったが、それ以上に魅惑的な拓に少しドキドキしている。
拓はあの頃よりもはるかに素敵になっていた。
そんな拓を身近に感じ、真子は胸のトキメキを抑えられずにいた。
その時、突然三毛猫が姿を現した。まだ子猫のようだ。
身体は大きさが大人の猫よりも少し小さい。
子猫は可愛らしい声でニャアニャア鳴くと、拓の足元にスリスリと寄ってくる。
「拓、気に入られちゃったね」
「だな」
拓はしゃがみ込むと子猫を優しく撫でてやる。
すると子猫はゴロゴロと喉を鳴らして拓に甘えた。
真子もしゃがんで一緒に子猫を撫でる。
「野良猫じゃないみたいね。首輪がついてるから」
「そうだね。きっと親兄弟が近くにいるかも」
拓はそう言って立ち上がると、
「じゃあな、ミケ!」
と言いながら子猫に手を振ると、再び真子と手を繋いで歩き始めた。
それから少し歩くと真子が言った。
「あのアパートだよ」
「あそこか。そこの何階?」
「一階の105」
「一階? ダメだよ女の子は、一階じゃあ危ない」
「だって一階の方が家賃安いんだもん」
「金額じゃないだろう? 女の子なんだからセキュリティーのしっかりした所じゃないと」
拓はそう言うと、アパートやその周りをチェックし始めた。
真子はなんだか嬉しくなる。
「窓の鍵は絶対しろよ。暑いからって網戸のまま寝るなよ。エアコン代はケチらない事!」
「はいはい…なんだかお父さんみたい」
真子はクスクスと笑う。
「送ってくれてありがとう。じゃあ日曜日の朝九時にね」
「うん…じゃあまた」
「おやすみ」
真子は身体の向きをくるりと変えて、105号室の玄関へ向かった。
真子が玄関の前まで行くと、拓は突然走って行き真子の腕を掴んだ。
そして真子を引き寄せしっかりと抱き締めると唇を重ねた。
「んっ……」
二人のキスはしばらく続いた。
拓の二の腕は真子をしっかり包み込んで離さない。
真子は拓の逞しい胸に手を当てたまま、キスを必死に受け止めていた。
どのくらい唇を重ねていただろうか?
満足した拓が唇を離すと真子は恥ずかしくてうつむく。
そこで拓がポツリと言った。
「俺、この8年間、真子の事を一日も忘れた事はないから」
「拓…」
「おやすみ。ちゃんと鍵しろよ!」
拓は爽やかな笑顔を見せながら、手を挙げて今来た道を戻って行った。
真子は拓の後ろ姿を見送りながら右手でそっと唇に触れた。
コメント
3件
拓くんの喜び具合が振り切れててる感じで、すごく好き好きオーラが出まくりでキュンキュン💕する〜🥰 大好きな真子ちゃんが突然いなくなって自分の力で見つけて再会したから、キス💏も離したくない気持ちも強くてとにかく必死なのが凄く伝わってくるよー😭😭💖
真子はなんだか嬉 ←の後がないですが…