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#海辺の町
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フレアの衣装室は、昼と夜のあいだみたいな部屋だった。壁には布が幾重にも下がり、窓辺には糸巻きと古いレースが積み上がっている。そこへ呼び出されたディアビレは、扉を開けた瞬間に息をのんだ。
作業台の上に、ドレスが置かれていた。
亡き母が残した細いレース。使われなくなった客室カーテンの淡い生地。海の光をすくったような灰青色が、静かに揺れている。
「まだ仮縫いだけど」とフレアは言った。「立って」
「本当に着るんですか、私が」
「着るために作ったの。壁に飾る趣味はない」
押し切られるまま袖を通すと、冷たかった布がすぐ体温に馴染んだ。フレアは裾を直し、肩の線をつまみ、後ろへ回って素早く留めていく。その手つきには迷いがない。
鏡の前へ立たされた時、ディアビレは思わず足を止めた。
そこにいたのは、働きづめで髪を乱した娘ではなかった。頬に少しだけ血色が戻り、背筋が自然に伸び、目元の強さまでまっすぐ見える。華美ではないのに、視線を外しづらい。
「……私じゃないみたい」
「あなたよ。ずっとそうだったのを、布で邪魔しなかっただけ」
フレアが満足そうに頷く。その時、背後で扉が小さく鳴った。
振り向く前に、鏡の中で誰かが立ち止まるのが見えた。ジナウタスだった。
彼は何も言わなかった。ただ一歩入ってきたところで、本当に息を止めたように動かなくなる。目だけが、鏡越しにディアビレを見ていた。
その沈黙の長さの方が、どんな褒め言葉より困った。