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#海辺の町
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説明の前夜、離れには関わった面々が自然に集まっていた。
仮設の足場は無事に組まれ、危険な場所には印がつき、札も絵も一通りそろった。明日、どう見られるかは分からない。それでも、やれるところまでは来た。
机の上に並んだ札を前に、鼓夏が静かに言う。
「せっかくだから、一人ずつ言ってみる? ここで受け取ったもの」
最初に手を挙げたのは義海だった。
「俺は、泣いても笑われない場所」
「いや少しは笑われてる」
蓮都が言う。
「そこも含めて好き」
次に莉々夏。
「年寄りの昔話って、長いけど宝だって知れた場所」
享佑は腕を組んだまま、少し考えてから言う。
「雑にやると大事な味が消えるって、寺でも同じだと分かった」
「それ、褒めてる?」
「半分」
美恵は表を見下ろしながら口を開く。
「数字にしにくいものほど、数字の隣に置いて守らないと消える」
遼征は短く言った。
「海から見ても、帰る場所は必要だ」
最後のほうで、啓介の番が来た。
皆の前で話すのは苦手だったが、今日は逃げたくなかった。
「俺は……ここで、人に頼っていいって知りました」
啓介は言う。
「守りたいとか言いながら、自分は平気なふりばっかりしてた。でも、誰かが湯のみを置いてくれたり、無理だって言ってくれたりして、やっと分かった」
その言葉の途中から、芽生はじっと啓介を見ていた。
啓介も視線を向ける。
「前より少しだけ、怖がらずに話せるようになった。……たぶん、芽生のおかげです」
離れの端で義海が小さく「うわ」と漏らし、莉々夏が肘で突いた。
芽生は困ったように笑ったあと、ほんの少しだけ目を伏せた。
「私は……ここで、願いを後回しにしすぎないほうがいいって知りました」
啓介の胸が跳ねる。
その先を聞きたいのに、聞くのが怖い。
夜の離れには、明日の前の静けさがあった。
皆が帰り支度を始める中、芽生だけが少し遅れて立ち上がる。
啓介は追いかけそうになって、足を止めた。
まだ、進路の話は聞けていない。
でも、今はその手前の言葉だけが、確かにここへ置かれた。
「君のためにできること」
机の上の札を見ながら、啓介は心の中でその題をなぞる。
明日、全部が試される。
それでも今夜だけは、離れの中に、ちゃんと人のぬくもりが戻っていた。