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うわ、この回めっちゃ重い…!!亜紀が必死に問い詰めてるのに、遼の「お前の言葉は俺の価値を表す」って最後の圧、完全に支配の匂いがしてゾッとしたわ。雨の夜の静けさと、ヴィヴァルディの皮肉な使い方も雰囲気出ててめちゃくちゃ刺さった。この夫婦、何か壊れてる…次が気になる🔥
自宅マンションの前で私を降ろしたタクシーは、雨しぶきを上げながら走り去った。
自動扉の前で傘を閉じ、黒いタイルへその先端を軽く打ち付ける。
足元に水滴が静かに広がった。
白く溶けていく吐息を見つめ、目を細める。
暗闇に響く雨音が、胸のざわめきを煽っていた。
吹き込む冷たい風に背中を押されるように、正面のエレベーターへ向かった。
エレベーターを降り、いつもより重く感じる玄関の扉を開ける。
明かりの灯るリビングから漏れ聞こえてきたのは、クラシック音楽。
遼が好きなヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集だった。
「ただいま……」
ヴァイオリンの旋律が流れる部屋へ入り、ソファーにもたれて読書をする夫へ声を掛けた。
「お帰り。遅かったな。仕事は片付いたか?」
夫は本から目を上げ、扉の前に立つ私へ穏やかな笑みを向ける。
「あ……うん。大体は片付いたけど……」
何事もなかったかのような笑顔を向けられ、無意識に言葉が縺れた。
「……どうかしたか?」
その場に立ち尽くす私を見つめ、夫は不思議そうに首を傾げた。
「ううん、何でもない。……遼はいつ帰ったの? 今夜は飲みに行くから遅くなるって言ってなかった?」
どうしてだろう……
何事もないような笑顔を向けられた瞬間、心臓が不穏な拍動を打った。
その胸騒ぎを誤魔化すように作り笑いを浮かべ、カウンターへバッグを置く。
「九時過ぎくらいかな。家でやりたい仕事があったから、早めに切り上げてきた」
「そうなんだ。……やりたい仕事って?」
「自己筋芽細胞シートを用いた心筋再生療法」
書物へ意識を戻した夫が、呟くように答えた。
「えっ……何て言ったの?」
「これだよ、これ」
素っ気なく本の表紙を私へ向ける。
「ああ、論文を読んでたんだ」
「そう。心筋再生療法に興味がある」
#狂愛
柏木さくら
3,340
#執着
猫とろ
1,126
桃下結衣
643
夫は得意げな笑みを浮かべ、分厚い本を膝の上へ戻した。
私は脱いだコートを椅子へ掛け、その横顔をじっと見つめる。
「……色んなことに興味が湧くんだね」
皮肉めいた言葉が、ぽつりと零れ落ちた。
けれど返事はない。
夫は会話を終えたつもりなのだろう。
文字へ視線を落としたまま、振り向こうともしない。
「ねえ……
私の論文のこと、誰に話したの?」
夫の横顔へ向かって、静かに問い掛けた。
一瞬、文字を追っていた夫の瞼がわずかに跳ねた。
「……亜紀の論文がどうしたって?」
夫はゆっくりと顔を上げ、私へ視線を向けた。
「私の論文のこと、誰かに話したでしょ?」
「は?……何で俺が」
夫は眉間に皺を刻み、気分を害したように目を細める。
冷たい空気が流れた。
向けられた視線に威圧感を覚え、喉がきゅっと締まる。
「……だって。まだ正式に発表されていない情報を、オペ室のナースが知ってるなんて、おかしいじゃない」
「オペ室のナースが知ってた……?
だからって、何で漏らしたのが俺なんだ。
相川がナースステーションで口を滑らせたんじゃないのか?」
「えっ……麗香?」
「あいつ、ちやほやされるのが苦手な亜紀の反応を面白がって、わざとやるだろ。
……くだらないな」
夫は呆れたように大きくため息をついた。
軽く鼻で笑うと、何事もなかったように再び書物へ視線を落とす。
「………」
麗香が私の反応を面白がって……?
見つめる先には、平然とした夫の横顔。
その姿に重なるように、敵意を剥き出しにした楓ちゃんの表情が脳裏をよぎった。
胸の奥で淀んだ感情が渦巻く。
「……違う。
麗香じゃない。
彼女はそんなことしない」
「……」
夫はソファーの肘掛けに頬杖をついたまま、微動だにせず口を閉ざしている。
「……私、麗香にも言ってない。
遼しか知らないのに……」
咄嗟に嘘が滑り落ちた。
不快な動悸が胸を打つ。
夫が他言した確信など、どこにもない。
ましてや、他言したからどうだというのか。
彼の言うように、「どうでもいいこと」なのかもしれない。
私は、誰かに話したことを責めているんじゃない。
私が知りたいのは……
「……さっき、楓ちゃんに会ったの。
彼女が知ってたの。論文のことを」
「……楓ちゃん?」
夫は低い声で彼女の名を繰り返し、訝しげに私を見た。
「……さっき病院で彼女に会った。
傘もささずにびしょ濡れで……いつもと様子が明らかに違ってた。
酔ってたのもあるかもしれないけど、あんな楓ちゃん見たことが――」
「だから?
その楓ちゃんとやらが知ってたから何なんだよ」
夫が私の言葉を遮った。
「……だから、どうして楓ちゃんが知ってるのかを私は――」
「どうしてオペ室のナースが知ってるのかなんて、俺が知るかよ。
聞くなら、その酔っ払いの友達に聞け。
バカバカしい」
意を決して紡いだ言葉は、夫の冷徹な声に遮られていく。
鋭い視線が私を射抜いた。
「亜紀……
お前は一体、何が言いたい?」
夫は首を傾げ、口の端をわずかに歪めた。
「……」
まるで蛇に睨まれた蛙だった。
彼の厳しい眼差しに、声はおろか、心臓の鼓動まで止まりそうな感覚に襲われる。
夫は私をじっと見つめたまま、静かに言葉を続けた。
「亜紀。本当にお前が聞きたいのは、論文の話じゃないだろ」
「……それは、私はただ、誰が楓ちゃんに言ったのかを知りたくて……」
「だから、それが遠回しだって言ってるんだろ!」
荒げた声が投げつけられた。
萎縮した身体が、びくりと跳ねる。
「……いいよ。聞いてやる。言えよ」
低く言うと、今度は嘲るような笑みを浮かべた。
「私は……」
「……おい。もちろん分かってると思うけど。
妻である亜紀が口にする言葉は、夫である俺の価値を表す言葉だからな」
妻である私の言葉は、夫である遼の価値を表す……?
「どういう意味?」
「そのままの意味だ。
俺に思ったことを言うのは構わない。
ただ、今、自分が何を口にしようとしているのか。
ちゃんと覚悟してから言え――ってことだ。
お前は頭のいい女だから、分かるだろ?」
そう言って、夫はゆっくりと口の端を引き上げた。