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#勧善懲悪
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数日後、透羽市のあちこちで、つやのある厚紙が配られ始めた。
再開発後の未来図。新しい広場。ガラス張りの商業棟。雨に濡れない通路。子ども向けの遊び場。柔らかな色で描かれたそれらは、見ているだけならたしかに明るい。
けれど、そこには今ある店の名前がほとんど載っていなかった。
「きれい」
と、ある人は言う。
「でも、うち、どこに行くの」
と、次の人が言う。
見えない明日。
その言葉が、商店街の空気そのものになり始めていた。
ズジは配られた紙を広げ、隅の文章を読み上げる。
「地域の絆をさらに豊かにする、新しい眩しさを――」
「うわ、上手い」
エリアが顔をしかめる。
「腹立つけど、上手い」
マイナが紙面を指さした。
「文体、たぶんゼフィレル」
柔らかい言い回しで、不安そのものを包んでしまう文章だった。断定はしない。約束しすぎない。けれど読んだ人にだけ、少し先の安全を想像させる。
ジュレイが言う。
「責任を負わずに理想だけ見せる時の文章ですね」
サペは未来図の中の広場を見た。そこには、雨上がり公園の古い舞台も、箱庭座へ向かう細い路地もなかった。
「消す気だ」
トルードが低く言う。
「古いものを全部、なかったことみたいに」
配布の列の中に、ゼフィレル本人の姿はない。だが言葉だけが先に歩いていた。
その日の夕方、公民館の掲示板にも同じ紙が貼られた。ルドヴィナはしばらくそれを見上げ、やがて画びょうを一本ずつ丁寧に外した。
「掲示の許可、取ってません」
彼女はそれだけ言った。
正しい理由だった。けれどサペには、その手つきが、ただの規則のためだけじゃないと分かった。
目に見えない明日ほど、人は安く揺れる。
黒い名刺は、その揺れへきれいな紙を重ねてくる。