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実際、そのしがらみが嫌でやめていく先生も多い。新しく独立して、成功している先生も。それもいいなと思いつつも、そんな勇気などない。ジリジリとその摩擦が熱を帯びて、そろそろ血が出そう。そう思うことも増えた。「ヤンニョムチキンにせよ」
「難しいな」
「おまえは、コスト関係ないとすればどれがやりたい」
「や……ヤンニョムチキンです」
思いのほかヤンニョムチキンがおいしくできてしまった。コスト関係なければこれがいい。それは未央も同じだ。
「そらみろ。ヤンニョムチキンのコストを抑えられぬか? 他に方法はないのか? おぬしはそれを考えるのが面倒だから、簡単カヌレにしようとしておらぬか?」
全部図星だ。
「わかりました。何か方法を考えます。郡司くんも知恵をかしてほしいです」
「承知した」
「じゃあこれ食べちゃお! 作戦はそのあと」
こうして部屋で食事をするのはきょうがはじめて。ちゃぶ台の前に座って食べているとなんか恋人同士みたい。そうなれたらいいのだけど。亮介は儀式が終わると帰っていってしまうので、未央はさみしく思っていた。
もぐもぐ食べながら、亮介の視線が部屋のすみにいっている。仏壇が気になっているようだ。
「未央、あの仏壇の方はどなたか……?」
「祖母だよ。去年亡くなったんだ。サクラはもともとおばあちゃんの飼ってたネコで、そのとき譲り受けたの」
「隣の若い写真の方は?」
「両親だよ。小さい時に病気で死んじゃったから、あんまり覚えてなくて。私は祖母に育てられたんだ。勝気な人だったから、いつも怒られてばっかり。でも大好きだった」
「そうか、未央。口づけてもよいか?」
まじめな話になると、キスして元に戻って素の自分で話したがるのも、亮介のお決まりのパターン。沖田総司のままでは嫌らしい。
「うん──」
そう未央が言い終わらないうちに、亮介はチュッと軽くキスをする。
「未央さん、おばあさんのお話、もっと聞かせてください」「うん、いいよ。おばあちゃんは、両親を亡くしてたったひとり残された私を引き取って、育ててくれたの。
おばあちゃんは、おじいちゃんを早くに亡くしてて、そのうえ息子夫婦まで死んでしまったものだから、あまりのことに途方にくれてたんだって。私はまだ2歳くらいだったと思う」
亮介は姿勢を正してじっと聞き入っている。
「それで、私をお風呂に沈めて、自分も死のうとしたらしいの。ふふっ、怖いでしょ? 大丈夫、ここ笑うとこだから」
亮介の顔が引きつる。そりゃそうだよな無理心中の話聞かされたら。
「でもね、私がお風呂でキャッキャ笑顔で遊んで、おばあちゃんに水かけたり、バケツでジャージャー水を流したりして、楽しそうにしてるの見たら、とてもできなかったんだって。その時にこの子を一人前に育てようって思ってくれたみたいなの」
「よかったですね、思いとどまってくれて」
「ほんとだよね。おばあちゃんには感謝してる。でもあんまりおばあちゃん孝行はできなかったから、後悔してて。もっと何かできることあったんじゃないかなって、いまも思ってる。
私ね、静岡出身なんだけど、おばあちゃんの反対押し切って東京で就職したの。行く前はあんなに反対してたのに、いざ離れると、毎週のように、食べ物送ってくれた。それも私が好きなものばっかり」
「未央さんのこと、心配だったんですね」
「年に2回くらいしか帰らなかったから、いつ帰る? っていつも聞かれてた。それに、帰るとお見合いばっか勧めてくるからそれもいやで」
「毎回だと、いやになりますね」
「でしょ? だからあんまり帰ってなかったんだけど、あるとき警察から電話かかってきてね。おばあちゃんが亡くなったって言われたの」
「……」
「おばあちゃん、アパートで倒れてて、近所の人が見つけたときはもうダメだったんだって。体、悪かったみたい。私そんなこと全然知らなかったんだ。亡くなる少し前にも電話したけど、いつもの勝気なおばあちゃんだったから。
彼氏できたかとか、たまには帰ってこいとか、お見合いしろとか。いつもと同じこと話してた。だから死ぬなんて夢にも思ってなくて。
死んじゃったのを受け入れられないまま、1人でお葬式して、1人で送った。残ったのはサクラだけ。
このちゃぶ台はおばあちゃんが使ってたものなんだ。だから一人で食べてても、おばあちゃんがいるような気がして安心するの」
未央はそっとちゃぶ台をなでた。亮介は悲しそうな顔で未央をみつめる。