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いよいよ瑠璃子の誕生日でもあるバレンタインの前日になった。

瑠璃子は明日ガトーショコラを焼いて大輔に渡そうと思っていたので、スーパーへ寄り材料を買う。

明日の誕生日は大輔が祝ってくれるので、今夜は一人で前祝いでもしようと瑠璃子はワインコーナーへ寄った。

そしていつもよりも少し高いワインを購入した。20代最後の夜はこのワインで締めくくるつもりだ。


家に帰りシャワーを浴びると早速ケーキ作りに取り掛かる。

オーブンでケーキを焼いている間に、今度は20代最後の晩餐を作り始めた。


瑠璃子好物のアボガドとサーモンのサラダ、一口大に切った鶏肉のハーブソテー。あとは美味しいフランスパンとチーズの盛り合わせがあれば充分だ。

料理が仕上がると瑠璃子は早速テーブルへ運んだ。そしてグラスにワインを注ぐ。


「それでは瑠璃子さん、20代最後の夜にかんぱーい!」


瑠璃子は一人呟くと、少しお高めのワインに口をつける。


「美味しいーっ」


20代最後のワインの味は格別に美味しかった。

その後はテレビを観ながら料理とお酒をゆっくり堪能する。アラサー女子の孤独な晩餐もなかなか心地良い。


食事をしながら瑠璃子は20代を振り返ってみる。


20代は色々な出来事があった。

20代前半は仕事に集中しつつ自分一人の時間を楽しんだ。仕事の研修にも積極的に参加したし一人旅にもよく行った。

そして20代半ばからは中沢との恋愛。長く続いた恋愛はあっけなく終わりを迎えたが、今思えば幸せな日々も沢山あった。

仕事や恋愛で経験した全ての事はこれからの人生できっと大きな糧になるはず……そう思うと無駄な事など一つもなかったはずだ。


(まさか自分がこんな風に考える日がくるなんて……私も漸く大人になれたのかな?)


瑠璃子はフフッと笑うとワインを一口飲んだ。

そして今度は北海道に来てからの事を思い返す。


20代の最後で瑠璃子の環境は一変した。その理由は北海道移住だ。

中でも大輔との出逢いは瑠璃子の人生において一番衝撃的なものだったかもしれない。

大輔と空港のカフェでぶつかった時はまさかこんな事になるとは思ってもいなかった。

そこに瑠璃子は運命の不思議を感じている。


気付くとワインを相当飲んでいたようで心地良い眠気が襲ってくる。

本当はこの後大輔から借りた本を読む予定だったのに、この睡魔では無理そうだ。


とりあえず焼き上がったケーキの粗熱を取り、冷めたらラップに包んで冷蔵庫に入れる。

そして夕食の片付けを終えると、瑠璃子は早めにベッドへ行く事にした。

布団に入ると瑠璃子はあっという間に眠りに落ちた。そして夢を見る。


瑠璃子は夢の中で失われていた記憶を少しずつ取り戻していった。



***


「瑠璃ちゃん、お迎えが来たからおいでー」

「はーい」


瑠璃子は中川のおばあちゃんのところへ行く前に青年を振り返りこう言った。


「お兄ちゃん約束だよ! 絶対に忘れないでね」

「うん、じゃあ指切りをしようか」


青年は小指を差し出し瑠璃子と指切りをした。

それから瑠璃子は青年と手を繋いで瑠璃子の祖母の元へ向かう。


その時、突然中川のおばあちゃんの叫び声が響いた。


「美也子(みやこ)さんっ! 美也子さんっ! どうしたのっ? 美也子さんっ、しっかりしてっ!」


瑠璃子が祖母を見ると祖母は地面にうつ伏せに倒れていた。それを見た瞬間瑠璃子の身体が凍り付く。

すると青年が瑠璃子の手を離して祖母の元へ駆け寄った。そしてすぐに中川のおばあちゃんに救急車を呼ぶよう指示している。

青年はうつ伏せに倒れている祖母を抱きかかえ仰向けに寝かせると、祖母の胸に手を当てて心臓マッサージを始めた。


その光景を見ながら瑠璃子は動けずにいた。今目の前で何か恐ろしい事が起きている。まだ幼い瑠璃子にもそれだけはわかった。

やがて遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。しかし祖母は倒れたまま微動だにしない。そんな祖母に青年はマッサージを続けていた。


突然サイレンの音が大きくなり救急車がラベンダーの丘に到着した。

バタバタと車から降りて来た救急隊員達は青年と会話を交わす。そして救急隊員の一人が青年と心臓マッサージを代わった。


瑠璃子は呆然と立ち尽くしたまま、目の前で光る赤色灯を見つめ恐怖に怯えていた。


その後瑠璃子の祖母は救急車に運び込まれる。

青年は瑠璃子の方を見ながら再び中川のおばあちゃんに何かを指示をしていた。その後青年は祖母の救急車に乗り込み祖母と一緒に病院へ向かった。


瑠璃子はその場に佇んだまま小さな体をブルブルと震わせていた。

救急車が走り去ると中川のおばあちゃんが瑠璃子の傍に来て言った。


「心配しないでも大丈夫だよ。おばあちゃんはきっと良くなるから」


中川のおばあちゃんは瑠璃子を抱き締めると優しく背中をトントンと叩いてくれた。

そこで瑠璃子は漸く息が出来たような気がした。そして身体の力が抜ける。

気付くと瑠璃子の瞳からは涙がとめどなく溢れていた。


その日瑠璃子は中川のおばあちゃんの家に泊めてもらった。

夜は中川のおばあちゃんが作ってくれた料理を二人で食べる。

しかし瑠璃子は何を食べているのかわからない程、まだ恐怖に怯えていた。


夕食後、瑠璃子は中川のおばあちゃんに聞いた。


「ラベンダー畑へ行ってもいい?」

「もう暗いから遠くは駄目だよ、すぐそこまでならいいよ」


瑠璃子はうんと頷くと、大人用のサンダルを履いて縁側から外へ出た。

そして右端のラベンダーの間に座り込む。

ちょうど周りを取り囲むように、座った瑠璃子と同じ高さのラベンダーが風にそよそよと揺れていた。


そこで瑠璃子は再び先ほどの恐怖を思い出す。そしてシクシクと泣き始めた。

瑠璃子は小さな背中は震わせながらこんな事を考えていた。


(おばあちゃんはどうなるの? 私はひとりぼっちだわ。お母さんはちゃんとお迎えに来るかしら?)


瑠璃子の心は不安で押し潰されそうだった。

そして考えれば考えるほど涙がこぼれ落ちてくる。瑠璃子は小さな手で顔を覆いながら必死に涙を受けとめる。


泣き続ける瑠璃子の頬に夜風で揺れるラベンダーが優しく触れた。それはまるで瑠璃子を慰めるかのようだった。

辺りには夏の少し湿った空気とともにラベンダーの香りが充満している。その香りを嗅いでいるとほんの少し心が落ち着くような気がしたが瑠璃子の涙はまだ止まらない。


その時、瑠璃子を呼ぶ声が聞こえた。



「瑠璃ちゃん! おちびさん! おいで」



その声はどこかで聞いたような懐かしい声だった。

瑠璃子がそっと顔を上げると目の前に大きな手が差し出された。涙に潤んだ瞳でそれをじっと見つめた瑠璃子は小さな手でその手を掴んだ。

掴んだ手のひらはとても温かかった。その温もりは凍り付いた瑠璃子の心を一瞬にして溶かす。

瑠璃子は必死にその手をギュッと握り締めその先にいる人物を見た。


するとそこには当時まだ大学生だった大輔の姿があった。



***


そこで瑠璃子は目覚めた。気付くと頬には一筋の涙が伝っている。


夜はすっかり明けていた。

雪に反射した朝の柔らかな光が窓から降り注いでいる。


瑠璃子は今確かにあの頃の記憶を思い出していた。


そう……あのラベンダーの丘の青年は、若かりし頃の大輔だったのだ。

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