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第十三章 繋がる願い
第十三話 青の決意
朝の柔らかな陽射しが薬屋の窓から差し込んでいた。
台所からは、鍋の煮える音と香草の優しい香りが漂ってくる。
ダイチは木製のトレイを慎重に持ちながら、ゆっくりジントの元へ歩く。
湯気の立つスープ。
柔らかなパン。
温かい薬草茶。
マーサから受け取った二人分の朝食。
昨日ほとんど眠っていないはずなのに、不思議と身体は軽かった。
それだけ、ジントが無事だったことが嬉しいのだ。
朝の光に包まれた室内。
ベッドではジントがぼんやり窓の外を眺めていた。
陽の光を受けた黒髪がさらりと揺れる。
その姿を見た瞬間、ダイチの胸がじんわり熱くなる。
——生きてる。
それだけで、また泣きそうになる。
ダイチは慌てて気持ちを押し込み、机へトレイを置いた。
「ジント、起き上がれる?」
ジントがこちらを見る。
「……うん」
ダイチはそっとベッドへ腰掛け、ジントの背中へ腕を回した。
細い身体。昨日抱き上げた時と同じく、驚くほど軽い。
ゆっくり身体を起こさせる。
その瞬間。
「っ……イテテ……」
ジントが顔を顰めた。
肩へ痛みが走ったのだろう。
「大丈夫か!?」
「ご、ごめん……」
「謝らんでええって」
ダイチは慌てて支える。
なんとか上半身を起こしたジントは、少し息を乱していた。
ダイチはベッドの傍へ椅子を寄せ、
ジントの膝へそっとトレイを置く。
そして、当たり前のようにスプーンを手に取った。
スープを掬い、ふーっと冷ます。
そのままニコニコしながら口を開いた。
「はい、あーん」
「……え?」
ジントが目を丸くする。
「え……?」
さらに顔が赤くなっていく。
「も、もう!」
「このくらい自分で食べられるから!」
少しふくれっ面になるジント。
だがダイチは全く気にしていない。
むしろさらに嬉しそうだった。
「ほらほら、あーん!」
ぐいぐいスプーンを近付けてくる。
ジントは困ったようにダイチを見る。
だがその青い瞳があまりにも楽しそうで。
結局観念したように、小さく口を開けた。
パクッ。
温かなスープが口へ広がる。
優しい味。
薬草の香り。
ほっとする味だった。
「……美味しい」
小さく呟く。
その瞬間、ダイチの顔がパァッと明るくなる。
「やろ!?」
なぜかめちゃくちゃ誇らしげだ。
そして二口、三口と、楽しそうに食べさせ続ける。
大人しく口を開けるジントを見ながら、ダイチは思わず声を漏らした。
「……ふふっ」
「……なんか、やっと戻ってきた気ぃするな」
「……え?」
ジントが目を瞬かせる。
#恋愛
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成瀬りん
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#怪異
215
ダイチは少し照れたように笑った。
「こうやってジントに飯食わせたり」
「困った顔見たり……」
「昨日まで、もう二度と出来んかもしれんって思っとったから」
その言葉に、ジントの胸が小さく震える。
ダイチは慌てたように笑った。
「……やから、今は嬉しいだけや」
「可愛えぇ顔も見れたしな!」
「……っ!!」
ジントが再び顔を真っ赤にする。
「もう!!」
「ごめんごめん!」
謝りながらも、全然反省していない笑顔だった。
そんなダイチを見て、ジントも思わず笑ってしまう。
痛みはまだある。
怖かった記憶も消えていない。
けれど今は、それ以上に胸が温かかった。
やがて朝食を食べ終えると、再び眠気が押し寄せてくる。
「眠かったら寝とき」
ダイチが毛布を整える。
ジントは小さく頷き、ゆっくり横になった。
白い頬。
長い睫毛。
綺麗な顔には、小さな擦り傷や切り傷が残っている。
その傷を見る度、胸が痛んだ。
ダイチはしばらく黙ってジントの顔を見つめていた。
やがて静かな寝息が聞こえ始める。
眠ったのを確認すると、ダイチはそっと立ち上がった。
音を立てないよう、慎重にトレイを持つ。
そして静かに部屋を後にした。
台所ではマーサが薬草を刻んでいた。
「ジントのばあちゃん、ごちそうさまでした!」
明るい声。
マーサは手を止め、優しく笑った。
「ジントもちゃんと食べてたかい?」
「うん、全部食べとったよ!」
その言葉にマーサはホッとしたように頷く。
そしてダイチの顔を見て、ふっと目を細めた。
「……元気になったようだね」
ダイチは一瞬黙る。
それから真面目な顔になった。
「ジントのばあちゃん……」
低い声。
「教会の奴ら、まだジントを狙っとる」
部屋の空気が静かに張り詰める。
「ここにいたら、また何かあった時にすぐ助けられんかもしれん……」
拳を握る。
「それに、ジントのばあちゃんまで危険な目に遭うかもしれんし……」
そして真っ直ぐ顔を上げた。
「だから……」
「ジントを、うちで匿いたいんやけど……」
マーサは静かに目を伏せる。
「……確かに」
「ここにジントが居ることは、もう知られているだろうしねぇ……」
寂しそうな声だった。
しばらく黙った後、マーサは小さく息を吐く。
「私はここで一人でも大丈夫だよ」
「でも……ジントは違う」
ダイチは静かに顔を上げる。
マーサは優しく、眠るジントを思い浮かべるように目を細めた。
「あの子は、ずっと誰かを心配させないように我慢してきた子だから……」
「もう一人で傷付いてほしくないんだよ」
そして、ゆっくりダイチを見る。
「ダイチ坊っちゃん……」
「どうかジントを、よろしく頼みます……」
ダイチは強く頷く。
「うん」
「絶対守るから」
その瞳に迷いはなかった。
◇
ソルト家の大きな門をくぐる。
朝日を浴びた屋敷は、いつも通り立派だった。
だが
「ただいま……」
ダイチの声は掠れていた。
玄関の扉が開く。
「ダイチ坊っちゃま……!」
執事のレオンが思わず目を見開く。
昨日夕方から戻らなかった主人を、
ずっと心配していたのだろう。
ダイチの姿は酷いものだった。
乱れた髪。
マントは泥と埃に汚れ、僅かに血痕まで付いている。
顔色も悪い。
目は赤く腫れ、薄く隈まで浮かんでいた。
「……父上は?」
ダイチが尋ねる。
「書斎におられます……」
レオンは心配そうに続ける。
「ダイチ坊っちゃん……先に湯浴みを——」
「いや」
ダイチは首を振った。
「先に父上と話してくるから」
そう言って書斎へ向かう。
その背中を、レオンは不安そうに見送っていた。
ーーコンコン。
「……ダイチです」
重い扉を開ける。
部屋の奥、大きな机に座るコバルトが顔を上げた。
そしてダイチの姿を見た瞬間、静かに目を細める。
「……何があった……?」
低い声。
ダイチは奥まで歩み寄る。
そして険しい顔で口を開いた。
「……教会が、動きました」
コバルトの表情が変わる。
「ジントが……誘拐されかけたんです」
空気が張り詰める。
ダイチは拳を握った。
「自力で逃げたジントを、貧民街で保護しました」
「でも教会は、まだジントを追っています……」
悔しそうに唇を噛む。
コバルトは静かに尋ねた。
「……ジント君は無事なのか?」
「はい……」
「でも肩や手首を酷く負傷していて……しばらく療養が必要な状態です……」
コバルトは静かに目を伏せる。
「……そうか……」
しばらく考え込むような沈黙。
そしてダイチが真っ直ぐ顔を上げた。
「……ジントを、ここで匿いたいと思っています……!」
サファイアのような瞳が強く揺れる。
「家族を危険な目に遭わせるつもりはありません!」
「でも……俺が、傍についてジントを守りたいんです……!」
コバルトはその瞳をじっと見つめた。
そして静かに息を吐く。
「……教会がそこまで愚かな真似をするとはな」
低い声。
「先日言ったように、私は感情だけでは動けない」
「しかし——」
コバルトは真っ直ぐダイチを見る。
「私の息子が、ここまで必死になる相手だ」
「私にとっても、もう他人ではない」
ダイチの目が揺れる。
「ここに居れば、教会も下手には手を出せないだろう」
「家族の安全も、私が責任を持って守ろう」
そして静かに続けた。
「ダイチ」
「お前はしっかりジント君を支えてやれ」
その言葉を聞いた瞬間。
ダイチの表情が崩れる。
「父上……」
深く頭を下げた。
「感謝申し上げます……!」
ーーー
それから湯浴みを済ませ、泥と汗を流す。
温かな湯へ浸かった瞬間、張り詰めていた身体から一気に力が抜けた。
自室へ戻る。
いつもの部屋。
ベッドへ飛び込む。
柔らかな感触。
その瞬間安心したように、ダイチの意識は静かに沈んでいった。
コメント
5件
今更ですが、アズール、シアン、マリン、コバルト、ソルト家は青色から名前が付けられていますよね。隅々まで設定が考えられていて凄いです……
ダイチの覚悟が見えた気がしました… とにかくジントを守りたいという気持ちに胸打たれますね😭
## 美月ゆめか🌸の感想 あーんのシーンで「生きてる」って実感するダイチの気持ち、めっちゃ伝わった……!😭💕 昨日まで生死の境にいたジントが無事で、しかも照れながら口開けて食べてくれるって、それだけで尊すぎて胸が詰まるよ…。マーサからジントを預かる決意を父に伝えるシーンも、真っ直ぐな想いにグッときた!「もう他人ではない」って言ってくれるコバルトもカッコよすぎる…✨ 二人の絆が確かに深まってるのを感じる回だったよ🌸