テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#大人ロマンス
桃下結衣
145
#狂愛
柏木さくら
4,899
#ロマンス
ruruha
1,251
#大人ロマンス
瑠璃マリコ
50,008
瞼に差し込む朝日に誘われ、私は目を覚ました。
毛布にくるまり、まだ開ききらない瞼を擦りながら、愛しい人の温もりを求めて手を伸ばす。
シーツに残された、消えそうな彼の体温。
「……今泉さん?」
ゆっくりと体を起こし、見慣れない部屋を見渡す。
朝日が行き届かない薄暗い部屋。
音のない、ひんやりとした空気。
彼の姿を探していると、突然、昨夜の悍ましい記憶が蘇った。
恐怖に支配された体が強張り、顔から血の気が引いて、小刻みに震えだす。
今泉さんっ!
どこにいるのっ?!
私は毛布を払い除け、飛び上がるようにベッドから足を下ろし、扉へ駆け寄った。
オフィスフロアに続く扉を勢いよく引いた瞬間、私の体は眩しい光に包まれた。
それと同時に、鼻腔をくすぐる珈琲の香ばしい香り。
暖かな空気と、珈琲に混じる甘い香りに誘われ、私はウッドデッキに繋がる大きなガラス窓の方へ歩き出した。
「おはよう、亜紀。やっと目が覚めた?」
丸いテーブルに肘をついて珈琲を飲む今泉さんが、扉から差し込む眩い光を浴びながら、にっこりと笑った。
「今泉さん……おはよう」
私は安堵に包まれ、柔らかな笑みを零した。
「よく眠れたみたいだね。30分くらい前に一度起こしたんだけど、目を開けそうもなかった」
「えっ!? ホントに? ……いつもは目覚まし時計が鳴った瞬間に目を覚ますのに。えっと……今、何時?」
今泉さんの前に腰かけ、掛け時計のある壁へ視線を向ける。
「7時回ったとこ。今日は早出じゃないって言ってたから、無理に起こさなかったけど……何時にここを出れば間に合う?」
今泉さんは珈琲カップを静かに置き、時計に視線を向けたままの私に尋ねた。
「今日は午前中に外来も検査も入ってないから、あと一時間はいても大丈夫」
「そうか。なら、朝食を食べる時間あるよな? 今、珈琲淹れる。食パンにはバターでいいかい?」
「えっ!? そんな、自分でやるからいいよ! 今泉さんにそんなことやってもらっちゃ……」
立ち上がった彼を見つめ、慌てて椅子から腰を浮かせる。
「やってもらえばいいんだよ。そこは可愛く甘えるとこ。亜紀はもう少しゆっくりしてなさい」
今泉さんはそう言って微笑むと、自分のカップを片手にキッチンへ向かった。
キッチンから聞こえてくる食器の音を心地よく聞きながら、ふと窓の外を見る。
園庭に植えられたシマトネリコの葉が、朝の瑞々しい光を浴びながら風に揺れている。
花壇に植えられたピンク、オレンジ、黄色、紫……色とりどりのキンギョソウは薄い霜に覆われ、春の気配を感じさせる昼間の暖かな日差しを待ちわびている。
雲一つない、澄んだ空。
「綺麗な景色……」
目覚めとともに襲ってきた緊張が、穏やかな風に流され、解けていく気がした。
良かった……今泉さんに会いに来て……。
ほのかに届く珈琲と焼けたパンの香りを吸い込み、緩やかな笑みを浮かべる。
「亜紀ー、お待たせ」
両手でトレーを持った今泉さんが戻ってきた。
「ありがとう。バターのいい香り。あっ、目玉焼きまでついてる!」
テーブルに置かれたモーニングセットを覗き込み、私は声を弾ませる。
「冷蔵庫に卵が入ってたから焼いてみた。ここにソーセージまで添えられたら完璧だけど、残念ながらソーセージまではなかったな」
「十分、立派なモーニングだよ。食パンに卵って……柳さんが用意してくれたの?」
「俺のために用意してくれたわけじゃないけど。柳さんも仕事が忙しいと、よく泊まり込んでるから」
そう言って、淹れ直した珈琲に口をつける今泉さん。
「へぇ、そうなんだ。……あれ? 今泉さんは食べないの?」
ぷりぷりした卵の黄身に狙いを定めた箸の動きを止め、顔を上げる。
「俺は、さっきトースト食べた。亜紀の寝顔を眺めてたら、腹が減って」
「私の寝顔を眺めてた!? ……なんでそれでお腹減るの?」
目を見開いて声を上げたあと、不満げに眉を寄せた。
「亜紀が美味しそうだから」
「なっ、美味しそうって……」
……昨夜、食べたのに?
思わず言葉を詰まらせ、はにかんだ笑みを零した。
「可愛かったなぁ。よだれ垂らしてて」
「ええっ!? 嘘っ!」
「うん。嘘」
「……今泉さん、キライ」
プンッと口を尖らせ、目玉焼きを口に放り込んだ。
「亜紀ちゃんに嫌いって言われた! ショック~」
今泉さんは悪戯っぽく、ケラケラと笑う。
まったく……
このオジサンは!
呆れた顔でため息を吐いたあと、頬杖をつきながら嬉しそうに笑う少年のような彼を見て、私までぷっと吹き出してしまった。
初めて一緒に迎えた、二人だけの静かな朝。
聞こえるのは、二人の笑い声と野鳥のさえずり。
「これから、一旦家に帰るのか? それとも、直接病院に?」
冷めかけた珈琲を飲み干したあと、今泉さんが落ち着いた声で問う。
「……家に帰ると主人に会うかもしれないから、ここから出勤する。……主人、かなり怒ってる。当然だけど……」
ゆっくりと箸を置き、苦しげな笑みを作った。
家から逃げ出した私の携帯には、遼からの着信とメールの履歴が連なっている。
内容は当然のことながら、私の居場所を聞き出そうとする脅迫めいた言葉の羅列。
案の定、麗香にも連絡したらしく、私を心配する麗香からの着信も混ざっていた。
「……私、しばらく家を出ます。主人と話をする前に、行かなきゃいけない所があるんです」
今泉さんを真っ直ぐに見つめ、声に力を込めた。
コメント
1件
亜紀と今泉さんの朝のシーン、ほのぼのしててついニヤニヤしちゃったわ。「よだれ垂らしてて」って嘘に「キライ」って返す亜紀と、ケラケラ笑う今泉さん…いいなあ、こういう日常の空気感。でも最後に「主人と話をする前に、行かなきゃいけない所がある」って決意する亜紀にグッときた。温かい朝の陽射しと、凍りそうな家庭の空気の対比が心に刺さる。続きが気になる…!