その日四人は夕方までお喋りを楽しむと、その後は二組に別れて家路についた。
真子の家は、この駅の隣駅から歩いて10分程の場所にある。
拓の家は反対方向だったが、真子を家まで送ると言う。
「時間がもったいないよ。私は電車で大丈夫だから」
真子がそう言うと、
「自転車に乗って行けばすぐだろう。大したことないよ。乗って!」
拓はそう言って後部座席を指差した。
拓が引かないので、仕方なく真子は自転車に乗った。
昨日と同じ様に横座りで座ると拓の腰につかまる。
夕暮れ時の空は、サーモンピンクに染まり始めていた。
「夕焼けが綺麗だね」
「そうだな」
拓は真子の問いにすぐ答えた。
「ねぇ、長谷川君」
「おっと、その長谷川君はもうやめようぜ。俺達はもう付き合ってるんだからな」
「うん、じゃあなんて呼んだらいい?」
「拓でいいよ」
「わかった」
「俺も真子って呼んでいい?」
「いいよ」
「で、なんだ?」
「あ、うん…拓が前に付き合ってた小早川さんっているでしょう?」
拓はいきなり元カノの美紅の名前を出されたので驚く。
しかしすぐに返事をした。
「うん」
「小早川さんとはなんで話さないの?」
「そんな事ないけど?」
「嘘! 拓はこれまでの元カノ達とは普通の友達として接しているけれど、小早川さんとは全く話をしないよね? それはな
ぜ?」
「真子はよく見てるなぁー」
拓はそう呟いてから自転車から降りた。
真子も降りようとすると、
「真子はそのまま座ってろ」
拓はそう言うと、真子が座ったままの自転車を押し始める。
そして真子の問いに答えた。
「うーん、どう言ったらいいのかなぁ?」
「思ってる事を全部言って」
「うん。そもそも、小早川と付き合い始めたのは、向こうからどうしてもとお願いされたからなんだよ」
「お願い?」
「ああ。卒業までに一度付き合って欲しいって。俺はその時前の彼女と別れたばかりでフリーだったんだけど、もう三年だし
受験で忙しくなるからもう彼女はつくらないで勉強に専念しようと思ってたんだ。そんな時にお試しでいいからお願いって何度
も言われてさ。彼女にはバスケ部でずっと世話になってたからなんだか断り辛くて…」
「ふうん。で、思ってたのと違うから別れたの?」
「うーん、まあそうかな…」
「男の人って好きじゃなくても付き合えちゃうんだ」
「アハハ、そう突っ込まれると思ったよ」
「どうなの? 好きでもない人とキスしたりセックスも出来ちゃうの?」
「うーん、出来る人もいるんだろうけれど、俺は結局無理って思って別れたんだよね」
それを聞いた瞬間、真子の気持ちがスーッと軽くなる。
(拓はやっぱり違ったんだ…)
そこで拓が言った。
「ごめんな。変な話を聞かせて」
「ううん、いいよ。元は私が聞いたんだから」
「でもこれだけは言っておくよ。俺は真子の嫌がる事はしないって誓うから」
拓は自転車を押す手を止めると、真剣な表情で真子を見つめた。
「うん……」
「だから、何か気になったらいつでも聞け。黙ったままで誤解を生むのが一番やっかいだからな」
「分かった」
真子は答えた後クスッと笑う。
「何がおかしいんだ?」
「だって、恋愛上級者みたいな事言うんだもん」
真子はそう言ってまたクスクスと笑う。
「まあ真子よりは上級者だと思うけどな」
「あ、自慢してる。悔しいっ!」
真子がムキになって言い返した瞬間、周りの風景が一斉にピンク色に染まる。
どうやら日没のクライマックスらしい。
「すげえな……」
「うん、でも綺麗……」
自転車の後部座席に座ったまま、真子は空を仰ぎ見た。
ピンク色に染まった美しい空に見とれていると、何かが優しく頬に触れた。
「えっ?」
真子が慌てて横を見ると、そこには拓の顔があった。
そこで真子は気付く。
今自分の頬に触れたのは、拓の唇だという事に。
途端に真子は真っ赤になりうつむいた。
「頬にキスくらいはいいだろう?」
拓はそう言って笑った。
真子は病気の痛みとは明らかに違う心臓の違和感に戸惑っていた。
トクン トクン トクン…
心臓が絶え間なく激しい音を立てている。
(これが恋なの……?)
「じゃあ行くぞ」
拓は自転車に跨ると、再びペダルをこぎ出した。
拓の逞しい腰につかまりながら真子は思わず微笑む。
生まれて初めて他人に対する愛おしい気持ちがこみ上げてくる。
(私は拓が好き……)
そう思いながら、真子は拓の背中に頬をぴたりとくっつけた。
背中に真子の温かさを感じた拓は、
「しっかり掴まってろ!」
そう言って、全速力で自転車をこぎ始めた。
コメント
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受験で頑張る相手に無理矢理付き合ってもらうのはどうかと思うし、本来は好きでもない相手からの付き合って,を受ける拓君もどうかと思う。 関係を持つつもりはなかったにしろ、相手は一方通行でも関係を持ちたい気持ちもあったと思うし、結局拗れて別れるハメになったのかも。真子ちゃんとは相思相愛と思うし、お互いのことを思うなら隠し事は無しでしっかり言葉にして話そうね❣️