テラーノベル
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長い長い夜。
行き場を求めて光る看板に吸い寄せられる人の動きは、さながらイカ釣り漁船に集まるイカの如し。煌びやかな各店に比べ、ひっそりほんのり存在を示すランプ灯は路地の奥。採算度外視で曲がりくねったどん詰まりに構える店の名は『好事家-ディレッタント-』。重複している名付け主は相当な好事家なのだろうと想像が出来る。重厚な木扉が開く前も開いた後も穏やかな落ち着きで包んでくれる、そんな店。
小じんまりとしたテーブルセットに客はいない。代わりにカウンターに三人、背を丸めてスツールに座っている。対峙して凛と立つ男が件の名付け主であるプロプライエター。直訳は店主。言い難いから誰も呼ばないが、本人は頑としてそう名乗り続ける立派な好事家。酒だけではなく料理も振る舞うというのに、豪奢なドレープとフリル塗れの貴族風な装いは、洗い物する時袖口邪魔じゃないの?と何時も常連の阿部に突っ込まれている。好事家も此処まで突き抜けると天晴だ。今も涼しい顔でグラスを磨き上げ中。動くにつれ揺れるフリルが似合いで美しい。そのプロプ…店主に、真ん中に座った男が語り掛ける。
「なぁ、だーて。俺と付き合うて」
「ふふふ。至極光栄ですが、ご辞退させていただきます」
「あああーっ!まぁたフラれたーーっ!!」
「うるさっ…!横で叫ぶな康二ぃ!!」
「うるさいのはふっかもだよ。夜も更けてるんだから静かにね」
「はぁい。しっかし懲りないね〜。フラれんの何回目?」
「最早これがないとお酒が美味しくないまである。康二、36回目も頑張って」
「…お二人さんさ、慰めるっちゅう慈愛の心持ってへんの?それと阿部ちゃん、正確に数えてんのやめーや」
「慰めろって言われてもねぇ」
「うん、様式美に掛ける言葉はないな」
「うわああぁぁんっ!!」
「…まぁまぁ。35回目を記念して、此方は私からのおもてなしです。どうぞ」
「記念ってなんや、記念ってぇぇ!…いただくけども!」
「おっ、ごちー」
「ありがとう、いただきます」
三人の前に音なくカクテルグラスが差し出される。それぞれ好みのもの。俺達が康二イジりをしている間に拵えたのか…流石、だて。伊達じゃない。阿部が感心しながら一口酒を舐めるその時、店主こと宮舘の頭上に鎮座する冠に気が付いた。
「あれ…頭のそれ、王冠?似合うね、可愛いよ」
「…〜っ、ありが…とう。褒めて貰えて嬉しい…」
「……なにちゃっかり口説いてんねん。阿部ちゃんにはめめがおるやろ」
「めめが居てもだてが可愛いのに変わりはないでしょ。…あっ、ひょっとして康二が言いたかった?ごめんね」
「うわあ…〜〜ん、ぐっ!?」
「はいはいはい!これでも食って落ち着けって」
泣き叫ぼうと開いた向井の口へ、深澤がおつまみの茹で卵を突っ込んだ。洒落た名前が付いていた気がするが、見た目も味も茹で卵を黙ってモグモグ咀嚼する向井を挟んで、深澤が阿部へ首を伸ばして問う。
「めめって言えばさ、最近会ってんの?俺全然姿見てないんだけど」
「ん?今日これから会うよ。此処で待ち合わせしてるから、もうそろそ…」
阿部が言い終わる前に、扉が開く軋む音が店内に響いた。
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コメント
1件
❤️が伊達じゃない。爆笑爆笑爆笑