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風が音もなく、鈍く吹いていた。校舎の屋上。落ちかけの夕陽がコンクリートを茜に染め、鉄柵の影が伸びて遥の足元に絡む。
蓮司が、しゃがんでいた。
遥は立ったまま、背を壁に預け、目線だけを落としている。
「……今日の、“あれ”、よかったよ」
蓮司が言う。声は柔らかく、笑ってすらいた。
「足、震えてたじゃん。あれ、誰のが一番効いたの?」
「……知らねぇよ」
遥は呟いた。即答ではなかったが、迷いでもなかった。
「ウソ。見てりゃわかる。お前、好きなんだよ、ああいうの」
「──お前に言われたくねぇよ」
「俺にしか言えない顔してたよ」
蓮司はそう言って、遥の足首に触れた。
遥は動かなかった。ただ、わずかに眉を寄せた。
それが“拒絶”なのか“演技”なのか──もう、本人にもわからない。
「誰にも言わないよ。俺、口堅いし」
「……何を」
「お前が“慣れたふりして”喘いでるのも、心底イヤそうにしながら身体がちゃんと動いてるのも」
「…………」
「──全部、見てる」
蓮司の手が、遥の制服の裾を摘んだ。
「今度さ、録らせてよ。動画。お前さ、自分がどんな顔してんのか見たことある?」
「……あるわけ、ねぇだろ」
「そう。でも、見せてあげたいなって思って」
「……バカじゃねぇの」
言葉に毒はあった。でも、それ以上の拒絶はない。
遥の瞳には、どこか“観察されることへの諦念”が滲んでいた。
「ほんと、綺麗だよ。お前。壊れ方がさ──上品」
「褒め言葉か、それ」
「うん。俺、好き。お前みたいなの」
「……終わってんな」
「でも、お前が一番終わってる。自分で気づいてないの、笑えるくらい」
遥は、黙る。
蓮司の言葉は、突き刺さり、突き刺さったまま抜けない。
「──なぁ」
蓮司が、手を遥の顎に添える。
「今、お前が俺に“やめろ”って言ったら、やめるよ」
静かな沈黙。
遥は、言わなかった。
代わりに、唇だけで笑った。
嗤った、のかもしれない。自分自身に。あるいは、こんな状況に。
「……やめるわけねぇだろ、お前」
「……だよな」
ほんの一瞬だけ、ふたりの目が交差した。
その先には、正しさも、優しさもなかった。
あるのは、破綻と、執着と、支配だけだった。
──けれど、遥はそれでも、目を逸らさなかった。