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そして健吾は電車で出版社へ向かっていた。

地下鉄を下りて出版社に一番近い出口を出ると出版社の本社ビルが見えた。


今日取材を受ける雑誌『shine』は美月出版が発行している雑誌だった。

つまり理紗子を担当している磯山がいる会社だ。健吾は気合を入れてビルに入る。


受付へ向かうと受付嬢は三人いた。

左にいる二人は受付にしては少々派手過ぎるメイクやヘアスタイルだ。おまけに二人のうち片方はしきりにネイルをチェックしもう片方は髪をクルクルと指に巻き付けて枝毛のチェックをしている。

一番右にいる女性は若手のようだが三人の中では一番まともそうだった。

女性は姿勢良く座り穏やかな笑みを浮かべて真っ直ぐ前を見据えていた。


健吾は迷わず一番右にいる女性に話しかけた。


「すみません、佐倉と申しますが14時から編集部の岡崎さんと約束をしているのですが」


すると受付の左にいた二人が驚いた顔をしていた。おそらく健吾の事を知っていたのだろう。

それから二人はしきりにチラチラと熱っぽい視線を健吾に向けてきた。

一方健吾が声を掛けた受付嬢は「少々お待ち下さいませ」と言って内線電話をかけ始める。

そして相手に用件を伝えてから電話を切ってニッコリと微笑んだ。


「岡崎はすぐに参りますので恐れ入りますがソファーにおかけになって少々お待ち下さい」


あまりにも感じの良い対応に健吾は受付嬢の名札をチラリと見た。

名札には『内田』と書かれていた。


「ありがとう」


健吾は笑顔で答えるとソファーへ移動し腰を下ろした。


それから間もなくして岡崎がやって来た。


健吾は岡崎に案内されて上の階へ上がると雑誌のインタビューを受けた後写真撮影を終えた。

時間にして3時間弱で終わった。


その後再びロビーへ下りて来た健吾が出口へ向かって歩いていると偶然磯山がドアの向こうから入って来た。

健吾はすぐに気づき挨拶するべきかどうか悩んだが、ここは大人の対応をしよう思いすれ違う際に軽く会釈をする。

その時磯山も健吾に気付いたようでそのまま健吾の方へ向かって歩いて来た。


「先日はどうも! 佐倉さんだったんですね、あの時どこかでお見掛けしたお顔だなぁと思っていたんですよ」

「どうも。私の事を?」


健吾は磯山が自分の事を知っていたと知り驚く。


「もちろんです。いつもうちの経済雑誌でお見掛けしておりますので。それに水野先生からもお噂はかねがね伺っております」


磯山は健吾に爽やかな笑顔を向ける。


(ん? なんだ? こいつはライバルじゃないのか?)


健吾は不審に思いつつ平静を装って言った。


「そうでしたか。理紗子は私の事を一体何と言ってるんだろう…怖いなー」

「ハハッ、あ、もしよろしければコーヒーでもいかがですか?」

「はい」

「じゃあすぐ隣がカフェですので。あ、でも佐倉さんのカフェじゃないので申し訳ないですが」

「いえ、全然構いませんよ」


感じの良い磯山の対応に健吾は正直戸惑っていた。磯山の健吾に対する態度はライバルといった感じではなくむしろ親しくしたいという気持ちが表れている。それが健吾には意外だった。


(実は俺が勝手に勘違いしていただけなのか?)


出口へ向かって歩き始めた磯山は、少し歩みを緩めると受付の女性にニッコリと微笑んでから出口へ向かった。

そして二人はすぐ隣にあるカフェに入る。

注文カウンターでコーヒーを買うとテーブル席へ座った。


「申し遅れました、私、美月出版の磯山と申します」


磯山は名刺を健吾へ渡した。健吾も名刺を出して挨拶を返す。


「佐倉です」

「佐倉さんは今日はうちで何のお仕事だったのですか?」

「『shine』さんから投資に関するアドバイスの依頼がありまして」

「ああ、なるほど。今若い女性達にも投資ブームが来ていますからねー」


磯山はそう言ってコーヒーを一口飲んだ。


「で、理紗子は何て言ってましたか?」


健吾は気になっていた事を早速聞く。すると磯山はニコニコしながらこう答えた。


「あの日彼女は前日に海へ行って素敵なレストランでディナーをしてきたと嬉しそうに話してくれましたよ。あの時は水野先生のお相手が誰かは知らなかったのですが今日やっとそれが佐倉さんだとわかりました。」

「え? という事は理紗子が?」

「はい。実は先程仕事の件で先生にお電話をしたら佐倉さんと付き合う事になったと報告してくれました。今日は佐倉さんがうちの会社に来ているのでよろしくお願いしますとも仰っていましたよ」

「そうでしたか……いや、知らなかったのは私だけでしたか」

「あはは、そうですね。いや、これはもう時効だから正直にお話ししますが実は私無謀にも水野先生につき合って下さいと言った事があるんですよ」

「え?」

「すみません、こんな事は彼氏さんの前で言う事じゃないのに。でももうかなり昔の事なんです」

「あ、いえそれは別に…….で、その時はどういう風に?」

「あはは、バッサリと振られましたよ」


磯山は声を出して笑った。それを聞いた健吾は心底ホッとする。


「あの当時は水野先生も会社を辞めた後新しい世界に入ったばかりでいっぱいいっぱいだったと思うんです。それに2年付き合った彼氏に振られた直後だったみたいで。そんなタイミングの悪い時に……私もまだまだ若かったんですかね」


磯山はまたコーヒーを一口飲んだ。


「水野先生はその時こう仰ったんです。仕事関係の繋がりは大事にしたい、自分の小説に関わってくれる人達とは一生大切につき合っていきたいと。その時私はガツン! と思い切り頭を殴られたような気がしました。水野先生はそれほど仕事に対して真っ直ぐに向き合っているのに編集者の自分がこんなんでどうするんだってね。凄く恥ずかしくなりました。それからはイチ編集者として良い関係を築かせていただいています」


磯山は穏やかな笑みを浮かべた。


「で、その後ですね、漸く私にも彼女が出来まして」

「え?」

「実は最近会社の受付の子と付き合い始めましてね。一番端に座っている『内田』という子なんですが。その彼女との縁を取り持ってくれたのが水野先生だったんですよ。それで先日お礼にケーキを持ってご挨拶に行ったんです」


その時健吾は全ての謎が解けたような気がした。


磯山が理紗子のマンションを訪れていた事。

磯山が高級ケーキを理紗子に持って来ていた事。

そんな磯山からのケーキを理紗子はとても嬉しそうに食べていた事。


全てが腑に落ちた。


「そういう事だったんですね。理紗子は何も言わないので全然知りませんでした」

「水野先生はおそらく佐倉さんに心配をかけたくなくて余計な事は言わないんだと思いますよ」


(理紗子のやつ…….)


「そういう私も女心っていうもがさっぱりわからなくてですね、恋の悩みはいつも水野先生に相談しています。さすが恋愛小説を書いているだけあってアドバイスが的確ですからねー。佐倉さんは昔からモテていらっしゃるから僕みたいな心配はないでしょうけれど」

「いや、私もわからない事だらけですよ。特に理紗子に関してはさっぱり……」


健吾は恥ずかしそうに頭を掻く。


「まさか佐倉さんが? 信じられないなぁ」


磯山は驚いた顔で言った後続ける。


「最近水野先生とっても調子がいいんですよ。何て言うのかな? 小説に奥行きや幅のようなものが出てきたっていうか? 今までとは違いかなり深い部分にまで攻め込んだ恋愛小説を書き始めていらっしゃいます。これってもしかしたら佐倉さんの影響かなーなんて私は個人的に思っていますが」


磯山の言葉に健吾の胸が熱くなる。

小説家としての理紗子の良い変化は健吾の影響だと言われたので凄く嬉しかった。

それにライバル視していた磯山がまさかこんなに感じの良い男だとは思ってもいなかった。

その後も会話を重ねていくうちに二人はさらに打ち解けていった。


そこで健吾は理紗子の講師の件について磯山に話してみる事にした。


「実は今度理紗子が前の職場で講師をやる事になりまして」

「あ、はい、それには私が付き添いで行きますのでどうぞご心配なく」

「助かります。しかしですね、ちょっとある問題がありまして……」


健吾は磯山に理紗子の元恋人である坂本弘人の事を話し始めた。


健吾のセミナー会場で理紗子が弘人と再会した事、

それをきっかけに弘人が理紗子にストーカーまがいの事をしている事、

理紗子が講師で会社に来ていると知れば弘人が会いにくるかもしれないという事を説明した。


それを聞いた磯山はかなり驚いていた。


「わかりました。とにかくその坂本という人物を先生に近づけないよう徹底しますのでどうかお任せ下さい」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


その後二人はカフェの外で別れた。

すっかり意気投合した二人は別れ際に今度男同士で飲みに行きましょうと約束した。

健吾は投資家仲間以外の男友達があまりいなかったので磯山と友達になれた事が嬉しかった。


(これも理沙子のお陰だな)


健吾は地下鉄の階段を降りながら思わずフッと笑った。


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