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日下部の腕に支えられたまま、教室を出る。誰も何も言わなかった。
ただ、背中に「見られている」視線だけが刺さっていた。
歩くたびに、腹の奥が痛んだ。
殴られた場所──じゃない。
もっと、芯のほう。
(……なにしてんだ、オレ)
自分で、分からなかった。
「もう助けないでくれ」って、何度も思ったはずだった。
優しくされたら、壊れる。
信じたら、裏切られる。
それなのに。
──怖かったのは、殴られたことじゃない。
──見られたことじゃない。
助けられたことだった。
膝が崩れそうだったのを支えられたあの瞬間。
日下部の腕のあたたかさが、まっすぐに「過去」とぶつかった。
(あんなふうに触れられる資格、オレにはないのに)
自分なんかに向けられた優しさを、
「気持ち悪い」とさえ思ってしまう。
ほんとうは──
信じたい。
甘えたい。
すがりたい。
でもそれは、何かを壊す感覚に似ている。
信じた瞬間に、全てが瓦解するような錯覚。
(……こわい)
日下部がそばにいることが、怖い。
なのに、それ以上に──
あの腕を、拒めなかった自分が、何より怖かった。
「あれで、また何か変わっちまう」
蓮司の言葉が、耳の奥に焼きついていた。
(そうだよ……壊れるのは、オレのほうだ)
そう思いながら、それでも日下部の手を振りほどけなかった自分が、
──いちばん、許せなかった。