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昼休み、教室の隅で女子の甲高い声が響いた。
「ちょっと! 私のピアスがないんだけど!」
その場が一瞬静まり、次にざわめきが広がる。誰かが、「最後に机の近くにいたの、遥じゃね?」と口にした。遥は慌てて否定しながらも、探そうと立ち上がる。善意からの行動だった。
だが、教室中が遥を囲むようにして、「ほら、早く探せよ」「おまえが見つけるまで帰れないな」と笑い混じりに言う。机の下、ロッカーの奥、ゴミ箱まで手を突っ込み、埃で喉が痛む。それでも、周囲の視線が刺さり続けた。
「ちが……違う、俺じゃ……」
声はかき消され、笑い声が上書きする。わざと近くで足を鳴らされ、机を蹴られ、探している背中をボールで小突かれる。体育館に移動しても、「まだ見つからないのかよ」とバスケットボールの試合中に突き飛ばされ、転んだところを踏まれた。
放課後、廊下に呼び出される。既に机の上には、その「なくした」ピアスが置かれていた。
「おーい、あったじゃん。遥が持ってたんだろ?」
違うと叫んでも、笑いが広がるだけ。誰も聞く気などない。
「人の物盗むとか最低」
「だから嫌われんだよ」
善意で必死に探した行動は、まるごと「犯人役」にすり替えられる。机や壁に押し付けられ、体育用具で肩を突かれ、背中を叩かれる。否定の言葉は「言い訳」として嘲笑される。
この日は終わらない。帰り道でも足を引っかけられ、鞄の中身を道路にぶちまけられた。拾おうと屈む遥の背に、缶を投げられ、笑いが夜道に響く。
善意の行動が、そのまま残酷な罪の証拠にすり替えられ、逃げる余地を失ったまま、存在そのものを否定される追い込みが延々と続くのだった。
放課後の廊下は、夕焼けに染まって長い影を落としていた。
体育のあと忘れ物を思い出し、遥は教室へと戻る。だが、ドアに手をかける直前、中から笑い混じりの声が漏れてきた。
「昨日のピアスの件、マジでウケたよな」
「本当、あいつってバカだよな。勝手に泥かぶって、必死に探してんの」
「しかも信じてる顔してんだぜ? お人好しっていうより、空気読めないっていうか」
笑いが弾ける。遥は一歩、後ろに引いた。胸がざわつき、喉の奥がひりつく。
「なんかさ、あいついると場が白けんだよ」
「うん。黙っててもムカつく顔してる」
「暴れて泣くとかもしないし、殴っても反応薄いしな。だから余計にやりたくなる」
その言葉が、ゆっくりと心の奥まで沈んでいく。声を出せ ば、すぐにドアの前にいることがバレる。けれど、足が動かない。
「まあ、あいつがいなくなったら、ちょっとつまんなくなるけど」
「そうそう、ストレス発散できるし」
再び、笑いが教室の中で弾む。
遥は、ドアのすぐ向こうで広がるその空気に、入り込む勇気を失った。
誰にも見つからないように、静かに背を向ける。廊下の先、窓の外に沈む夕日が滲んで見えた。