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その頃、陸はマンションへ戻って来ていた。


今日は華子が引越しの荷物を受け取る為に家にいるはずだ。

今頃沢山の荷物と格闘しているだろうと思いながら、インターフォンを押す。


しかし応答がない。


(昼寝でもしているのか?)


陸はそう思い、鍵を開けて中へ入った。


玄関に入ると、華子の靴がなかった。


(出かけているのか?)


陸は不審に思いながら部屋へ入った。

すると廊下には段ボール箱がいくつも積まれている。


積み重なった段ボールの蓋は空いているものもあり中身がはみ出していた。

陸でも知っている有名ブランドのバッグや靴、それに派手な洋服が無造作に突っ込まれている。


(片付けはまだ終わっていないのか?)


そう思いながらリビングへ向かったが、そこに華子の姿はなかった。


陸は、華子が昼寝をしているのかもしれないと思い、すぐに寝室へ向かう。

しかしベッドはもぬけの殻だった。


(一体どこへ行ったんだ?)


陸は嫌な予感がした。

その瞬間、華子が踏切へ飛び込んだ時の光景が頭を過る。

心の病は治りかけが一番危険だというのは常識だ。

症状が良くなって安心している時にふと魔が差して、取り返しのつかない事態を招く。


心配になった陸は、華子の携帯に電話をかけてみた。

しかし呼び出し音が鳴り続けるだけで華子は出ない。


陸は更に不安を募らせる。


とりあえずメッセージを送ってみようと思いメッセージを打ち込んだ。


【今どこにいるんだ? 迎えに行くからすぐに連絡をくれ】


メッセージを送ってみたが既読にはならなかった。


(どこにいるんだ?)


陸は胸騒ぎを感じながら華子が行きそうな場所を考えてみる。

しかしその時陸は、華子について何も知らない事に愕然とした。


彼女の実家の住所、家族、友人、よく行く店、好きな場所……


陸は何も知らなかった。


もどかしい思いを抱えつつ、陸はとりあえず昨日会った相良に連絡をしてみようと相良の店の電話番号を調べ始めた。



その頃華子はルンルンしながら買い物をしていた。


(フフッ、平日の昼下がりに優雅に高級スーパーで買い物なんて、なんか専業主婦になったみたいで楽しい!)


呑気にそんな事を考えながらカートを押して歩く。


(高級スーパーだから海外の美味しいチョコレートもあるはず)


華子はすぐに菓子売り場へ向かった。

すると思った通り外国製の美味しそうなチョコレートが沢山陳列されていた。

どれを買おうか華子が迷っていると、ふと目の前に女児がいる事に気付く。

彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。

年は三歳くらいだろうか?ふわっとカールブラウンの髪がとってもキュートだ。

フリルのついた水色のワンピースを着た女児は、まるでお人形さんのように愛らしかった。


華子は女の子の母親がいないかと、辺りをキョロキョロした。

しかしそれらしき女性はいない。

それから華子はその女児の元へ駆け寄ると、


「どうしたのぉー? ママとはぐれちゃったの?」


とうとう涙が頬を伝い始めた女児は、華子に大きくうんと頷いた。


「大丈夫よ! 私がママを探してあげるから! こっちにいらっしゃい!」


華子が手を繋ごうと右手を差し出すと、女児はいきなり華子の太腿に抱き着いてきた。

よほど心細かったのだろう。


「抱っこする?」


華子が優しく言葉をかけると、女児は今度は両手を華子に差し出した。

それは抱っこをして欲しいという合図だった。


すぐに華子は女児を抱き上げた。その瞬間女児から幼児特有の甘い香りが漂ってくる。

華子はカートをそこに置いたまま、とりあえず女児を連れてスーパーのサービスカウンターへ向かった。


歩き始めると女児は小さな手のひらを華子の首に回し、ひしとしがみつく。


(なんて可愛いの…相当心細かったのね…)


華子は女児の背中を安心させるようにトントンと軽く叩きながら、店員の傍まで行き事情を説明した。


「すみません、この子ママとはぐれちゃったみたいで…お菓子コーナーにいたんですけれど…」


華子が言い終わらないうちに、


「愛奈ちゃんっ!」


と女性の甲高い声が聞こえた。

どうやら女児の母親が気付いてこっちへ向かって来たようだ。


その瞬間、華子の首から小さな手が離れる。

女児は後ろを振り返ると大声で叫んだ。


「マーマッ! マーマッ!」

「愛奈ちゃんごめんねー!」

「マーマッ」


華子はホッとして女児の身体を母親へ託した。

母親に抱かれた途端、女児は大声で泣き始める。ホッとしたのだろう。

その泣き声は切なさに溢れていた。


母親は娘をギュッと抱き締めると、


「ごめんねーごめんねー」


と、何度も声をかけていた。

そして少し落ち着いたところで、母親が華子に言った。


「すみません、急な電話が入ってしまい話に夢中になっていたらこの子がいなくなっていて。本当に助かりました。ありがとうございます」

「あっ、いえ、私は何も…」


華子は慌てて手を顔の前で振った。


「本当にありがとうございました」


母親は女児を抱いたまま深くお辞儀をした。


「それじゃあ私はこれで…」

「ご協力ありがとうございました」


サービスカウンターにいた店員が笑顔で華子を労ってくれた。

華子は二人に軽く会釈をした後、最後にもう一度女児の方を見る。

するとさっきまで泣いていた女児はじーっと華子を見つめながら、


「あーちゃんバイバイ!」


とニッコリして手を振ってくれた。

その笑顔があまりのも可愛らしくて、華子も笑顔で手を振り返した。


「バイバイ!」


カートまで戻った華子は女児の笑顔を思い出して呟く。


「フフッ、それにしてもあの子可愛かったわね!」


そう思った瞬間、華子は急にある事を思い出した。

それは、まだ華子が小学校低学年の頃、友達と話しているシーンだった。


_______________


【私は大きくなったらお花屋さんになるわ! 華子ちゃんは大きくなったら何になるの?】

【私はねぇ、大きくなったら保育園の先生になりたいな!】

【ふぅん…なんで保育園の先生なの?】

【だって赤ちゃんってすごく可愛いじゃない? それに華子は一人っ子でしょう? だから保育園の先生になれば、可愛い赤ちゃんを抱っこできるわ】


________________


華子は今、自分が幼い頃夢見ていた職業は保育士だったと言う事を思い出した。


華子は、小さい頃から赤ちゃんが大好きだった。

親戚の赤ちゃんや保育園の友達の弟や妹を見る度に、その可愛さに魅了されていた。

だから、大きくなったら保育士になりたいとずっと思っていた。


(すっかり忘れていたわ…私ったらどこで道を間違えてしまったのかしら…)


華子の記憶によると、中学校へ上がる頃まではその夢を持ち続けていたような気がする。

それなのに、いつの間にか自分の目標をすっかり見失っていた。


その原因は母親にあった。


華子が母・弘子に将来保育士になりたいと話したところ、弘子は鼻で笑って華子の夢を却下した。


「他人の子供の世話をなぜあなたがやる必要あるの? あなたにはもっと別に華やかであなたに相応しい場所があるはずよ」


その時中学一年生だった華子その夢を諦めた。それはなぜかというと、華子は母親の愛を失うのが怖かったからだ。

母の気に入らない事をすればきっと母に捨てられる。


その当時、華子はそう信じ込んでいたのだった。

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