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#異能
#伝奇
もはやあれこれ考えている余裕はなかった。
跳ね上がるようにして僕は立ち上がり、両腕を広げてキミカとユカリに向かって飛びかかっていた。
「ひゃあ!?」
悲鳴を無視して、僕はキミカとユカリの頭を胸に抱きかかえたまま二人をベッドの向こうに側に押し倒し、その勢いで自分も床に倒れ込む。
けひゃけひゃけひゃ、けひゃけひゃけひゃ、けひゃけひゃけひゃ……!
聞こえて来た笑い声は、ユカリのものじゃない。
野太く下品な男の声。
歯を食いしばりながら振り返った僕が目にしたのは大きく丸い物体が自分の足の上に落下する、正にその瞬間。
それはサッカーボールほどの大きさの石の塊。
ゴツゴツとした、その表面には人間と思しき顔が深く掘り込まれている。
それは下卑た顔つきの中年男だった。
大きく目を見開き口角を釣りあげた、いわゆる神楽笑いの表情。
一目で怪異だと分かる。
と言うか、隠すつもりもなさそうだ。
次の瞬間。
僕の右の足首に信じられないような重圧が加えられ、ボキッという渇いた嫌な音が響いた。
やられた。皮膚と肉を裂かれ――、ついでに骨も砕かれた。
そう自覚した後、頭がおかしくなるほどの激痛に見舞われ、僕は悶絶する。
男の顔をした石は汚い笑い声を響かせ、大きく天井に跳ね上がる。
「――コウちゃん!?」
飛び付いて来たのは泣き顔のままキミカ。
声も出せない僕に縋りつき、弱々しい力で揺さぶってくる。
「一体、何されたん!? コウちゃん、大丈夫!?」
「大丈夫に見えるのか、この馬鹿!」
思わず僕は声を荒げていた。
まだ十三歳の子供相手にありえない態度だとは自分でも思うが、怪異を前にして足手まといに優しくしてやれる余裕は僕には、ない。
「呆けている暇があったらあっちに行って、頭を低くしてろ! 友達も一緒に!」
乱暴に僕はキミカの背中を突き飛ばしていた。
出来れば二人とも病室の外に追い出したいところだが――正直、今は難しい。
上へ下へ、右へ左へと。
人の顔をしたナゾ物体にピンボールのように部屋中を跳ね回られては。
下手に動けば僕の右足の二の舞となるのは明らかだ。
「クソッ。怪異ってのは本当に面倒なやつばっかりだな……!」
悪態をつきながら僕は箱から中身を取り出す。
それは外法頭。皮を剥ぎ、肉を削いで、塚森家伝来の秘薬を塗り込んで焼き上げて縮め、儀式を施した人間の頭部。あらゆる外法の媒介となる呪物だ。
外法頭は生前、もっとも親しい人間に受け継がれる。
そして、元をただせばこの外法頭は僕の母親、塚森サヤカ。
オン スマンキ テング アロマヤ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。
外法頭を片手に掲げて低く真言を唱える。
グパッと頭蓋骨の顎が大きく開きその中から洪水のように黒々とした大量の人毛によく似た霊的物質――妖ノ髪が吐き出され、溢れ出てくる。
それはシュルシュルと伸び、僕の砕けた足首にしっかりと絡みつく。
付け焼き刃だが、添え木代わりにはなるだろう。
大きく息を吐き、改めて跳ね回る敵に意識を集中。
僕に傷を負わせ、すぐに畳みかけてこなかったのは、こっちを警戒しているわけじゃないだろう。
怪異ってやつは大抵の場合、病的なまでにサディスティックで一度、標的として見定めた者はどんなことがあろうと殺すまで諦めない。
さっきの初撃で傷を負ったのは僕だがあれは巻き込み事故のようなもの。
この場であの怪異が一番、殺意を向ける対象は――。
妖ノ髪をたぐり寄せ、その束を人差し指と親指でつかみ取る。
そして。
「シュッ……!」
短く息を吐きながら、僕は投げつけていた。
ユカリを強く抱きしめたまま、部屋の隅でうずくまっているキミカに向かって。
鎌首をもたげる蛇のような動きで妖ノ髪は宙を飛び――。
その先端をグルリと回転させて人面石に絡みつかせ、動きを封じる。
危うくキミカの頭を砕かれる寸前だった。
「いきなり現れて……! 何なんだお前は……!」
石を絡め取ったまま、僕は腰をひねり大きく妖ノ髪を後ろに引く。
ギュウウウウウンッ……!
耳が痛くなるような音。
ぷすぷすと煙りをあげながら――、糸のように細くなった人毛が石に食い込んでゆく。
妖ノ髪・裂糸。外法頭から派生する外法の一つだ。
並の怪異なら、一撃で文字通り一刀両断できる。
だけど、ダメだ。
こいつは固すぎる。それに分厚い。
僕の攻撃は怪異の石そのものの表面にうっすらと傷をつけただけ。
やっぱり、糸鋸で石を切ろうとするのは無理があったか。
と、石に刻まれた男の顔の――その瞳がギョロリと蠢き、僕の目があった。そして、嗤う。
けひゃけひゃけひゃ、けひゃけひゃけひゃ、けひゃけひゃけひゃ……!
鳥肌が立ち、僕は髪ノ糸から意識を解除。
瞬時にそれを腕に移動させ――、ぐるぐると巻き付けてゆく。
それに一秒か、二秒、ほんの少し遅れて。
人毛を引き千切り、笑い声をあげながら怪異が予想通り、正面から突っ込んで来る。
その勢いのまま顔面に激突されたら死ぬので、妖ノ髪でこしらえた即席のプロテクターをまとった腕でしっかりとガードする。しかし、怪異の攻撃による衝撃は予想の遙か上だった。ゴキッと言う骨折を知らせる音がまた聞こえた。
一日に二カ所も骨折するなんて、今日は骨折デーか?
そんな全く笑えないことを考えながら――僕は吹っ飛ばされていた。
病室のドアに叩きつけられそれをぶっ壊し派手に建材をまき散らしながら、冷たい廊下に転ばされる。
世界がグルグルと回転し、壁に激突して僕の身体はようやく止まる。
もはや満身創痍だった。何とか起き上りたいが、全身の力が抜け指一本動かせそうにない。
ああ、これは詰んだな。
敵に先制攻撃を取られたのが決定的にまずかった。
しかし、これで僕は終わりか。
やっぱり人生なんてあっけないもんだな……。
「――コウちゃん!」
ぼやけた意識の中、小柄な人影が駆け寄って来る。
それが誰か、考えるまでもない。
「嫌や! コウちゃん! 嫌やで! お願いやから死なんといて!」
……あぁ、うるさいなぁ。
これだから子どもは嫌いだ。こっちの気持ちなどお構いなしで感情の赴くまま、自分が正しいと思ったことをギャギャー喚き散らかしやがる。
お前が嫌でも、これが僕の思い描いた通りの結末なんだよ。
まあ、思ったよりも早く来た感はあるが、塚森家としてはまあまあ長生きした方だろう。
ふと、間が開いて――僕は薄目を開けてみる。