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#執着
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コメント
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うわ、このエピソード、会話だけなのにすごく重い……。麗香の"大人のルール"論がめちゃくちゃ生々しくて、逆に怖いなって思った。でも一番心に刺さったのは、亜紀が「本気で遼を愛してるってこと?」って考え始めるところ。一瞬で胸の奥がぎゅっとなる描写、上手すぎる。最後の「次で降りる」のすれ違いも、なんか切なくて笑っちゃった。麗香のキャラ、好きです。
――午後7時過ぎ。
地下鉄の車内は、帰路につく人々で混雑していた。
「眠すぎる……立ったまま爆睡しちゃいそう……」
吊り革につかまった麗香は、今にも閉じそうな瞼をこすりながら呟いた。
「当直明けでERの手伝いはきつかったね。誰か代わりを頼めばよかったのに」
本当にこのまま眠ってしまいそうな親友を横目に、私はふっと笑う。
「頼めるなら頼んだわよ。あのER部長、わざと私に代理を押しつけたの。私に振られた腹いせに職権乱用してさ。あーやだやだ。モテないオヤジの逆恨みって」
麗香は面倒くさそうに肩をすくめ、大きくため息をついた。
「はぁ!?……麗香、ER部長まで毒牙にかけたの?」
「違うわよ。二人きりで食事してくれって頼まれたから、一度だけ付き合ったの。でも、そのあともしつこいから、『私を口説いてることを奥さんに言いますよ』って脅してやった」
そう言って麗香は、心底うんざりしたように息を吐く。
「うわぁ……。奥さんを使って脅すなんて。最悪」
私はわざと体を仰け反らせ、眉間にしわを寄せた。
「何が最悪よ。最悪になる前に先手を打っただけでしょ? 私は職場で面倒くさいことになるのが嫌なの。一時の『お遊び』で自分の居場所や社会的地位を失うなんて馬鹿げてる。これは社会人として正しい自己防衛よ」
「……だったら、食事にも行かなきゃよかったのに……」
「あら。ただの上司と部下でも食事くらい行くわよ。私が言ってるのは、その先にある“大人の男女のルール”の話」
眉を寄せる私を見つめ、麗香はにっこりと笑った。
「大人の男女のルールねぇ。麗香が言うと、倫理観までなくなって全部正当化されちゃうから怖いよ」
親友の魔性の笑みから視線を逸らし、暗闇の続く地下鉄の窓ガラスへ顔を向け、私は苦笑いを浮かべた。
「倫理観だけで生きる人生なんて、つまらないじゃない。要は“大人のルール”を理解できるかどうか。それが一番大事なのよ。……その点で言えば、亜紀の旦那は詰めが甘すぎる。遊び相手の女の教育が、まるでなってないわ」
「遊び相手の女の教育……?」
「そう。妻と一緒にいる時にメールや電話をしてくるなんて。旦那も女もルール違反。私から言わせれば、浮気する資格なんてないわ」
麗香は私へ顔を寄せ、不機嫌そうに耳打ちした。
――遼の携帯を見た、あの夜から一か月が過ぎようとしていた。
夫の様子は、以前と何も変わらない。
そして、“変わらない”のは私も同じだった。
心に空いた大きな穴は埋まらないまま。
そこから一歩も動けず、私は枯れ葉を揺らす冷たい秋風に吹き晒されていた。
「旦那も女もルール違反か……。相手は、遼が結婚してること知ってるのかな……」
周囲を気にしながら、私は麗香にだけ届く小さな声で呟いた。
「そりゃ知ってるでしょ。それを隠してたら、亜紀の旦那はただのペテン師よ。さすがに、そこを隠すほど愚かな男じゃないでしょう」
「そっか……そうだよね。妻がいるって知っていて付き合ってるんだよね。だったら、なおさら……その人は何を望んでるんだろう……」
揺れる足元へ視線を落とし、私は深いため息を漏らした。
「さあ……。ただ、あからさまに妻へ気配を感じさせるような女だから、利口とは言えないわね。バレても構わないくらい軽い関係か、それとも……」
麗香は眉を寄せ、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「それとも……? 私は大丈夫だから。だから言って」
その先の言葉が気になって仕方なかった。
私は思わず麗香の袖をつかみ、その顔を覗き込む。
麗香は迷うように一度視線を伏せると、静かに口を開いた。
「相手の家庭や立場……それどころか、自分の立場さえ見えなくなるくらい本気か……そのどちらかね」
自分の立場さえ見えなくなるくらい、本気……
遊びじゃなく……
本気で遼を愛しているってこと……?
それなら……
遼も本気なの?
本気で、その人を……
胸が詰まる。
私は視線を落とし、じわりと痛みが広がる胸へ、そっと手を当てた。
「ごめん、亜紀……。この話はまた今度ゆっくりしよう。私、次で降りるから」
私の表情を覗き込むように見つめたあと、麗香は申し訳なさそうに微笑んだ。
「あっ……えっと……私も次で降りるの」
私ははっと顔を上げ、気まずそうに答える。
「えっ? 何で亜紀が次で降りるの?
亜紀の降りる駅は、あと二駅――……あっ! さ、て、は、亜紀ちゃんっ」
「……うん。……ごめんなさい」
目を輝かせる親友とは対照的に、私はしおらしく頷き、小さく頭を下げた。