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※遥は「親が地雷」という常識を知らない。だから“強要されたら別の話題に逃がす”という回避もできない。何が相手を傷つけるのか、その地図を持っていない――その欠落が、今回の破壊を生んだ。というバージョン……少しややこい汗





廊下が冷たい。畳の縁のほつれを足裏で探りながら、俺は暗い部屋の隅に座った。


(どこが「いけない」だったんだ)


頭の中で何度も巻き戻す。あの教室、笑い声、日下部の顔。目が合った瞬間に逸らされた視線の意味がわからない。嘘をつけば長引く。曖昧にすれば、もっと嗤われる。だから“事実”を出した。事実は、終わりに近い。ずっとそう教えられてきた。家でも、学校でも。


障子がわずかに揺れて、気配が入ってくる。

蓮司だった。灯りはつけない。気安さでも、慰めでもなく、ただ“観察”の姿勢でそこに立つ。


「今日の、お前の“答え”」


声が落ちる。


「早かったな。最短で刺さるやつを出した」


何も言わない。言葉を持たない沈黙が、喉の奥で固まっている。


「親は線だよ。ほとんどのやつにとって」


蓮司は柱に肩を預け、指を軽く鳴らした。


「殴られた、蹴られた、って内容じゃない。親って単語そのものが、線。そこから先は勝手に連想が走る。恥より深いところにある傷だ。だから、教室は一瞬でああなった」


(線……?)


俺には線がない。鍵のない部屋で育つと、境界がどこにも残らない。何を言っても、何を言われても、全部同じ平面に落ちる。だから今日も、数字の合う答えを出しただけだ。早く終わる答え。反論のない答え。


(それが――一番、駄目だったのか)


蓮司が笑う。声は小さく、愉快の温度だけがはっきりしている。


「お前は“量”で考える。具体的な事実を多く出せば満足する、って。質を知らない。どこを出したら相手が壊れるかの勘がない。だから手加減のつもりで致命傷を出す」


胸の内側が、ゆっくり凍っていく。


(手加減の、つもりだった)


曖昧に泣きながら濁すより、はっきり言うほうが早く終わる。俺が知ってる“正解”はそれだけだ。


(でも、俺は今日、“正解”で、日下部を壊した)


「わからないまま守ろうとすると、面白い形で壊せる」


蓮司は言う。


「お前は線を知らない。だから、他人の最後の場所に土足で入る。悪意なしでね。最高だよ」


喉が鳴った。否定の言葉は出てこない。


(俺はまた、間違えた)


でも、前と違うのは――なぜ間違えたかが、やっと像を結ぶ。

俺は、何が痛いかを知らない。自分のも、他人のも。痛みの序列がない。家では全部同じで、全部許されないから。


(だから俺は、守ろうとして――裏切る)


畳に手をつく。掌が汗で滑る。


「……知らなかった」


やっと出た声は、音になりきれない。


「何が……“最後の場所”なのか」


蓮司が一歩だけ近づく。足音はやさしい。言葉はやさしくない。


「今日ので覚えたろ。親は最後だ。日下部はそこを噛み砕かれた。だから目を逸らした。お前に向けたくないものを、見せられたから」


視界の端が滲む。涙じゃない。光が歪むだけだ。


(目を、逸らしたのは……俺が“最後”を踏んだから)


納得と自己嫌悪が同時に落ちる。

俺は相手の線を知らない。

知らないまま差し出した“正解”で、いちばん大事なものを折った。


蓮司は踵を返す。障子の前で立ち止まり、振り向かずに置き土産を落とした。


「次はどうする?」


「沈黙は守りにならなかった。今日みたいに“答え”も守りにならない。――じゃあ、何を差し出す?」


障子が閉まる。音が小さく部屋に沈む。

残るのは、自分の呼吸だけ。薄く震える、形の悪い呼吸。


(俺は、知らない)


知らないから、間違える。

知らないから、壊す。

知らないから、守れない。


――じゃあ、どうすればいい。

沈黙に戻るのは違う。今日、それで終わらなかった。

“正解”で埋めるのも違う。今日、それで壊れた。


(線を、知るしかない)


でもどうやって?

教科書はない。誰も教えない。俺が触るものは全部汚れる。


(それでも)


知らないまま守るのは、もうやめる。

俺は、自分の“わからなさ”から逃げない。逃げたら、また最短で致命傷を出す。


暗闇に、日下部の横顔が浮かぶ。目を逸らした、あの一瞬。


(俺は、何から謝ればいい……)


謝るための言葉さえ、まだ間違えそうだ。けど、次は――知らないことを隠さない。わからないと、ちゃんと言う。線を聞く。

それが、俺に残された唯一のやり方だと、今は思う。


畳に落ちた自分の影が、少しだけ小さく見えた。



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