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土曜の朝、少し遅めに起きた朝倉凪子は、朝食の支度をしていた。
夫の良輔はまだ寝ている。
昨夜は飲み会で帰りが遅かったようだ。
結婚して二年目の二人は、同じ会社に勤めていた。
二人の間にまだ子供はいない。
二人が勤務しているのは株式会社マニフィーク。
国内大手のアパレル会社だ。
現在38歳の良輔は、営業第一課の係長をしていた。
そして妻の凪子は、30歳の若さで商品企画部第一課の主任をしている。
土曜日には接待ゴルフ等で留守がちな良輔も、
この日は何も予定が入っていない為、遅くまで寝ていた。
朝食の支度が一段落した凪子は、
洗濯機を回そうと洗面所へ向かう。
凪子は念の為、洗濯機の中の衣類をチェックする。
良輔は、ポケットに物を入れたままの服を
平気で洗濯機に投げ込んでしまう。
特に飲み会の翌朝などは要注意だ。
良輔のせいで、凪子はこれまでに何度もひどい目に合っていた。
特に花粉症のこの時期は、ティッシュが紛れ込んでしまう事が多い。
ティッシュを洗ってしまったら大変な事になる。
粉々になったティッシュが、他の衣類にくっついてしまい、
洗い直しても一度では綺麗にならない。
もうあんな目には二度と合いたくなかったので、
凪子は洗う前にいちいちチェックをするようにしていた。
凪子はワイシャツのポケットをチェックしようと、
手を伸ばしてシャツを引き寄せた。
その瞬間、フワッと強い香りが凪子の鼻をつく。
(!?)
その香りは、エキゾチックな香りだった。
一度嗅いだら忘れない匂いだろう。
アパレル会社に勤めていると、こういった事は日常茶飯事だ。
ファッション関係の会社なので、社内にはお洒落に拘る女子社員が多い。
だから、香水の香りが移る事など日常茶飯事だ。
また良輔のような営業職は、デパートに行く機会も多い。
デパートでも香水の香りは移りやすい。
だから、良輔の服から香水の香りがしても、
凪子は今まで特に気に留める事もなかった。
しかし今嗅いだ香りには、何か違和感を覚えた。
その香りからは、
何か強い主張や意志のようなものが見え隠れしている。
凪子の鋭い女の勘が、それを知らせていた。
(考えすぎかな? まさか良輔に限ってそんな事ある訳ないわ!)
凪子はそう思い直し、ワイシャツを洗濯機の中へ放り込むと、
洗濯機のスイッチを押してからキッチンへ戻る。
寝室の方で物音がしたので、
そろそろ良輔が起きてくる思った凪子は、
コーヒーメーカーのスイッチを入れた。
そこへ、良輔が寝ぐせをつけたまま起きて来た。
「おはよう!」
「おはよう! 昨日は遅かったみたいね…」
「ああ……グローバル企画の長田さんに捕まっちゃってさ…」
「ああ、あのカラオケに行ったら延々と聞かされるって人ね…」
「そうそう、参ったよ…」
良輔はそう言いながら洗面所へ向かった。
その間に、凪子は朝食をテーブルへ運び始める。
運びながら、思った。
(いつもと変わらない様子だし…うん、きっと私の考え過ぎかも…)
凪子はホッと胸を撫でおろすと、料理をテーブルの上に並べた。
今朝は、トーストにベーコンエッグに、
レタスとトマトとモツァレラチーズのサラダにした。
そしてコーヒーの準備をしにキッチンへ戻る。
顔を洗った良輔が髭を剃らずにそのまま来たので、
「やだ、髭剃ってよ! 今日は買い物に行くって約束したでしょう?」
「そうだっけ?」
「昨日言ったじゃない!」
「すっかり忘れてた! 後で剃るから……」
凪子の文句を聞いても、全く気にする様子もなく
良輔はご機嫌な様子で席へついた。
結婚したての頃は、
こういう些細な事から夫婦喧嘩へ発展する事が多かったが、
ここ最近の良輔は朝から機嫌が良く、喧嘩にならない。
そこで凪子はまた違和感を覚える。
(やっぱり何かが違う…?)
元々良輔は低血圧のせいで、
付き合っている頃から朝の機嫌が悪い。
それがここ最近、ずっと機嫌がいいのだ。
凪子は違和感を抱えたまま、良輔の前にコーヒーを置く。
良輔はそのコーヒーを早速一口飲んだ。
それから二人は、久しぶりにゆっくりと朝食を食べ始めた。
良輔は、バラエティー番組のお笑いコンビの会話を聞いて、
声を出して笑っている。
(いやに機嫌がいいわね……)
凪子の心には、モヤモヤしたものが渦巻く。
その時、良輔が言った。
「今日買い物に行ったらさぁ、アレ買うわ!」
「アレって何?」
「ダンベル!」
「えっ? 急にどうしたの?」
「ジム行く時間がないだろう? だから家で少し鍛えようと思ってさ!」
良輔は真面目な顔をして言う。
「えーっ、珍しいっ! ジムだって面倒臭がって行かない良輔が?」
「男もさ、40前になるとやばいんだよ。今鍛えるかどうかで、40代の身体が決まるって坂本が言ってた!」
坂本というのは、良輔の同期だ。
坂本は現在営業第二課の係長をしている。