「……!」
そのキスは、真子が頭の中で思い描いていたキスとは全く違った。
杉尾の舌が、いきなり真子の口の中へ侵入してくる。
その瞬間真子の身体に鳥肌が立った。
嫌悪感でいっぱいなのに、強く抱き締められていて身動きが取れない。
すぐにでも逃げ出したいのに、真子はがっちりとした杉尾の腕から逃げられずにいた。
徐々に杉尾の息遣いが荒々しくなるのを感じた真子は、危機感を覚える。
しかしパニックと恐怖で身体が全く動かない。
杉尾はくまなく真子の唇を堪能した後、漸く唇を離した。
そしてかすれた声で言う。
「セックスは確かに激しい運動だ。でもね、セックスの一歩手前までなら経験しても大丈夫だと思うよ…
それを今から僕が君に実践してあげる」
杉尾は熱を帯びた瞳で真子を見つめると、
真子が逃げないように左手でしっかりと抱き締めたまま、右手をパジャマの裾から忍び込ませる。
(嘘っ!)
真子は恐怖でさらに身体が硬直する。
しかしそんな事は気にも留める様子もなく、杉尾は真子の脇腹に手を這わせた後、
今度は右手を真子のブラジャーの下へ潜り込ませる。
そして真子の柔らかい乳房を揉んだ後、ツンと尖った乳首を摘まむ。
「あ……」
思わず真子から声が漏れる。
しかしその声が好意的なものだと勘違いした杉尾は、さらに行動をエスカレートさせていった。
今度はパジャマを上までたくし上げると、真子のブラジャーを上へずらして露わになった乳首を吸い始めた。
「あ……いゃっ……」
真子は精一杯抵抗したが、思ったように声にならない。
(たすけて……)
心の叫びは上手く声にならない。
真子が抵抗しないのをいい事に、杉尾は真子の尖った蕾にさらに刺激を与える。
杉尾は舌先で真子の敏感な部分を攻め立てる。
チュパッ チュルッ レロッ……
淫靡な音が屋上に響き渡る。
(一体何をしているの? この人は私に何をしているの?)
真子は泣きそうになりながら、精一杯杉尾の肩を押して抵抗した。
小説の中に描かれたその行為は、愛する者同士で行なう儀式だ。
それなのに、なぜ自分は愛してもいない人間にこんな事をされているのか?
次第に真子の瞳には涙が溢れてきた。
その時音がした。
ブーッ ブーッ ブーッ
杉尾の白衣のポケットに入っていたスマホが重低音と共に震える。
杉尾は反射的に真子から離れると、少し上ずった声で電話に出る。
「ああ、うん、分かった…今行きます」
杉尾は電話を切ると言った。
「ごめん、急患が来ちゃった。また続きは今度ね」
杉尾はそう言って真子のパジャマの乱れを直すと、
頭をポンポンと撫でてから階段の方へ向かった。
杉尾の後ろ姿をぼんやりと見つめながら、
真子は腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。
そしてブルッと震える。
それ以来、真子は大人の男性に対し嫌悪感を覚えるようになる。
テレビやネットで不倫問題などが騒ぎ立てられると、
すごく不愉快な気分になった。
(大人は好きでもない人とセックスが出来る生き物)
あの事がきっかけとなり、そんなイメージが真子の脳裏に刷り込まれてしまった。
そして何よりもショックだったのは、ファーストキスを杉尾に奪われた事だ。
好きでもない人に、真子の唇はあっさりと奪わてしまった。
おまけにそのファーストキスは、大人の欲望をただぶつけるだけのような、
荒々しく肉感的なものだった。
真子は今思い出してもゾッとする。
あんなものは本物のキスではない。
もちろん真子は、それ以降二度と屋上には足を運ばなかった。
そしてこの事は両親には言えずにいた。
ただでさえ病気の事で両親には心配をかけている。
だから余計な事を言ってさらに心配させる事だけは避けたい。
それに杉尾は心臓外科の名医だったので、今更病院を変えるという事も出来ない。
病気の治療の為に、真子は我慢するしかなかったのだ。
それ以来、真子は杉尾に対し常にそっけない態度で接する事にした。
表面上は儀礼的に、しかし受け答えは最小限にする。
そんな真子の態度を見て、母の夏子は思春期のせいだと思っているだろう。
それでいい。
母親に余計な心配はかけたくなかった真子は、杉尾に対しその態度を貫いた。
病院へ着き待合室に入ると、真子の名が呼ばれた。
『講師・杉尾隼人』
と書かれたドアをノックし、真子は診察室へ入った。
「こんにちは。お願いします」
「こんにちは。どうですか? その後特に変わった事はない?」
「特にないです」
「それは良かった。じゃあちょっと胸の音を聴かせてもらうよ」
杉尾はそう言うと、真子の制服の上から聴診器を当てた。
診察室には看護師もいるので安心だ。
「はい。特に問題はなさそうだね」
杉尾はそう言うと、パソコンに向かって診察の結果を入力し始める。
入力を終えると真子に聞いた。
「受験勉強は順調?」
「はい」
「これから受験で忙しくなるだろうけれど、あまり無理はしないように」
「はい」
「じゃあ次はまた一ヶ月後の予約を入れておくね。薬はいつものを出しておきますので帰りに薬局に寄ってね。ではお大事に」
「ありがとうございました」
真子はお辞儀をしてから診察室を出た。
ドアを閉めて会計の書類を待っている間、薄い壁の向こうから杉尾医師とと看護師の会話が聞こえてきた。
「美人なのに愛想のない子ですね」
「ははっ、そうだね、いつもあんな感じだね」
「あれじゃきっと彼氏もいないんじゃないかしら?」
「それはどうかな?」
「それに比べたら、先生の婚約者はすっごくお綺麗で愛想もいいし、最高じゃないですかー」
「いやいやそんな事はないよ…」
「またまた照れちゃってー」
「ハハハ、参ったな…」
その後真子は書類を受け取ると、ムスッとしたまま病院の会計センターへ向かった。
コメント
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医者としての前に人としてあるまじき行為💢💢本当なら未成年だししっかり親に伝えて然るべき手段で断罪してほしいけど、きっと真子ちゃんはそうできないんだろうな…辛いよ🥵