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四枚目の死亡通知。
氏名。
早川由紀子。
六十歳。
死亡年月日。
九月九日。
死亡時刻。
午後十一時四十分。
死因。
焼死。
死亡場所。
水城千佳旧居。
また、
母の家だった。
「この人、誰?」
私は父を見る。
父は画面から目を離さなかった。
「千佳の親友だ」
「奈緒さんじゃなくて?」
「奈緒とは別だ」
「私、会ったことある?」
父は少し迷った。
「ある」
「いつ」
「子どもの頃」
記憶にない。
「どんな人?」
「千佳とは、中学からの友達だった」
三十年以上。
母にはそんな親友がいた。
でも私は、
名前すら知らなかった。
「今も付き合いがあったの?」
父は首を振った。
「二十年くらい前に切れた」
「どうして」
答えない。
私は四枚目を見る。
母が一番信じていた人。
若い女の声はそう言った。
なのに、
二十年前に絶縁している。
「住所は?」
真壁刑事がすでに調べていた。
「市内です」
「行きます」
「この時間に?」
「死亡通知が届いたなら、本人も危険です」
父が言った。
「その前に電話しろ」
真壁が登録番号を確認し、
発信する。
数回の呼び出し。
女が出た。
『はい』
「警察です。早川由紀子さんでしょうか」
間。
『……そうですが』
「水城千佳さんについて、お話を伺いたい」
沈黙が長くなった。
『千佳は死んだでしょう』
私は思わず真壁を見る。
声が冷たい。
悲しんでいる人の声ではない。
「ご存じでしたか」
『葬儀には行ってませんけどね』
「水城澪さんをご存じですか」
さらに間。
『います?』
「はい」
真壁が私に電話を渡した。
「もしもし」
『澪ちゃん』
初対面のはずなのに、
昔から知っているように呼ばれた。
「私のこと、覚えてるんですか」
『あなたが覚えてないだけよ』
「母の親友だったと聞きました」
電話の向こうで、
小さく笑う。
『誰がそんなことを』
私は父を見る。
「父が」
『雅彦さん、まだそんなこと言ってるのね』
「違うんですか」
『二十年前までならね』
「何があったんです?」
『電話で話すことじゃない』
「死亡通知が届いてませんか」
沈黙。
私は続けた。
「九月九日、午後十一時四十分」
電話の向こうで、
何かが落ちる音。
「早川さん?」
『どうして知ってるの』
届いている。
「やっぱり通知が?」
『……』
「死因は焼死ですか」
『来ないで』
突然だった。
「え?」
『ここには来ないで』
「でも」
『千佳の娘なら、なおさら』
声が変わった。
怒り。
恐怖。
どちらなのか分からない。
『あなたの顔を見たら、何を言うか分からない』
通話が切れた。
*
午前三時二十二分。
早川由紀子の家は、
古い住宅街にあった。
真壁の車で向かった。
父も同行した。
「待ってと言われたんですけど」
「危険が予想されますから」
真壁がインターホンを押す。
反応なし。
もう一度。
やがて、
玄関の電気がついた。
ドアが少し開く。
白髪の女性。
細い。
目だけが妙に強い。
私を見るなり、
動かなくなった。
「……千佳」
「違います」
思わず答えた。
「娘の澪です」
由紀子は私を見続けた。
「似てきたわね」
歓迎する口調ではない。
真壁が警察手帳を見せる。
「死亡通知について確認を」
由紀子はため息をつき、
ドアを開けた。
「どうぞ」
家の中へ入る。
すぐに、
異様なものが目に入った。
壁一面の写真。
母だった。
若い頃の母。
制服姿。
成人式。
結婚前。
父と一緒。
妊娠している姿。
そして、
赤ん坊を抱いている母。
「これ……」
私は近づいた。
こんな母の写真、
家には一枚も残っていなかった。
「全部あなたが撮ったんですか」
「ほとんどね」
「親友だったんですね」
由紀子が私を見る。
「だった」
強調した。
テーブルには、
黒い縁の封筒。
すでに開封されている。
四枚目。
私は確認する。
同じだった。
早川由紀子。
九月九日。
午後十一時四十分。
焼死。
母の旧居。
「いつ届きました?」
真壁が訊く。
「一時間前」
「郵便?」
「玄関の中に置いてあった」
「中?」
「鍵はかかってた」
今までと同じ。
閉じた場所へ、
通知が入り込む。
真壁が袋へ入れる。
由紀子は抵抗しなかった。
「怖くないんですか」
私は訊いた。
「怖いわよ」
「でも落ち着いてる」
「二十九年前に、一度死ぬ覚悟はしたから」
私は彼女を見る。
「二十九年前?」
由紀子はしまったという顔をした。
「母が出産した夜に、あなたも病院にいた?」
答えない。
「篠宮恵美さんを知ってますか」
由紀子の目が変わった。
「恵美が死んだの?」
「今夜」
椅子に手をつく。
「そう……」
「知り合い?」
「知ってる」
「どういう関係?」
「千佳を通して」
私は壁の写真を見る。
その中に、
見覚えのあるものがあった。
岸本総合病院。
若い母。
その隣に奈緒。
そして由紀子。
三人で写っている。
「奈緒さんとも友達だった?」
「ええ」
「三人は昔から?」
「中学から」
私は混乱した。
母と奈緒。
母と由紀子。
別々の関係ではない。
三人とも、
昔からの友人だった。
「二十九年前、三人が同じ病院にいた」
由紀子が目を伏せる。
「そうね」
「母と奈緒さんは出産した」
「……」
「恵美さんもいた」
「……」
「何があったんです」
由紀子は答えない。
「母は、二つの家族を知ってた」
「そう」
初めて、
迷いなく認めた。
「私とひかりさんのことも?」
「知ってた」
「誰が誰の娘かも?」
由紀子の口元が歪んだ。
「まだそんな話になってるのね」
「どういう意味?」
「千佳らしいわ」
「母は何を隠したんです」
由紀子は私を見る。
その目に、
明確な嫌悪があった。
「全部よ」
「全部?」
「あなたが生まれた夜のことも」
壁の写真を一枚外す。
「奈緒のことも」
もう一枚。
「恵美のことも」
そして、
一番奥にあった写真を取った。
母が赤ん坊を抱いている。
産院のベッド。
幸せそうに笑っていた。
「この赤ちゃん、私?」
訊く。
由紀子は答えなかった。
「ひかりさん?」
沈黙。
「誰なんです」
由紀子が写真を裏返す。
そこに、
母の字があった。
この子を澪にする。
私は息を止めた。
「澪に……する?」
最初から澪ではない。
誰かを、
澪という子どもにする。
「どういう意味ですか」
由紀子が写真を私へ渡した。
「そのままよ」
「母は赤ちゃんを取り替えた?」
「もっと悪い」
「何をしたんです」
由紀子は答えず、
奥の部屋へ入った。
戻ってきた手には、
古い箱。
「二十年前」
テーブルに置く。
「千佳はこれを取りに来た」
中には、
母子手帳が二冊。
一冊。
水城千佳。
もう一冊。
相原奈緒。
「どうしてあなたが持ってるんですか」
「預けられたから」
「誰に」
「二人に」
母と奈緒が、
由紀子に預けた。
「中を見て」
私は母の母子手帳を開く。
出産記録。
五月十七日。
女児。
出生体重。
二九八〇グラム。
奈緒のもの。
同じ日。
女児。
三一二〇グラム。
「赤ちゃんは二人いた」
やっぱり。
そのとき、
違和感に気づいた。
血液型。
母の母子手帳に記された女児。
AB型。
私は、
A型だ。
「これ、私じゃない」
由紀子は言った。
「そうよ」
奈緒の母子手帳を見る。
女児。
A型。
私と同じ。
「じゃあ私は奈緒さんの――」
「違う」
由紀子が即座に否定した。
「何で?」
「血液型だけで決めないで」
「なら何なんです!」
由紀子は私の顔を見た。
「千佳はね」
静かな声。
「二十九年前、赤ちゃんを一人盗んだの」
胸が止まりそうになった。
「誰の?」
「それを知って、私は千佳と縁を切った」
「二十年前に?」
「そう」
次の第32話の言葉が、
先にそこにあった。
親友は、
母を二十年間、
許していなかった。
「誰の赤ちゃんを盗んだんですか」
由紀子は答えようとした。
その瞬間。
焦げ臭い。
私は鼻を動かす。
「何か……」
真壁が立ち上がった。
「煙?」
廊下の奥。
白い煙が流れてくる。
「火事です!」
由紀子の顔が凍った。
四枚目。
死因。
焼死。
「外へ!」
真壁が叫ぶ。
玄関へ向かう。
開かない。
「鍵が!」
父がドアを引く。
「外から何かされてる!」
煙が急速に濃くなる。
由紀子が咳き込む。
私は腕をつかんだ。
「窓から出ます!」
「待って!」
由紀子が箱へ手を伸ばす。
「そんなの置いて!」
「駄目!」
「死にますよ!」
「これが燃えたら――」
由紀子は二冊の母子手帳を胸に抱いた。
「千佳が奪った赤ん坊が、誰だったか分からなくなる!」
炎が、
廊下の奥から上がった。
私は由紀子を見た。
「知ってるんでしょう!」
「知ってる」
「なら言って!」
由紀子の目から涙が落ちた。
「千佳が奪ったのは――」
窓ガラスが、
大きな音を立てて割れた。
炎が吹き込む。
最後の言葉は、
火の音に消えた。
#女主人公
ワイだ!
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コメント
1件
いやもう、最後の火事のシーン、息が止まったわ……。由紀子さんの部屋の壁一面の写真、あれだけで二人の関係の深さが伝わってきたのに、最後の「千佳が奪ったのは――」でぶった切られるのは反則だよ!😭 血液型の不一致で「自分じゃない」って気づく瞬間の寒気、めっちゃ分かる。そして「この子を澪にする」っていう母の字……良かれと思ったのか、それとも別の理由なのか。続きが気になって仕方ない🔥